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カテゴリー「ビール:休廃業」の記事

2016年8月22日 (月)

中国地方の失われしビール

三江線の汽車旅で、出発地の江津にクラフトビール醸造所があったのはラッキーでした。これで私の三江線の汽車旅に彩りを添えられたようです。実は終点の三次にも三次ベッケン(ベッケンとは盆地の意味)ビールというクラフトビールの醸造所があったのです。

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今回に限らず中国地方を汽車旅していると、三次という町には立ち寄ることが多いです。それは多くの路線が集まる場所というだけでなく、三次ベッケンビールという、とても美味しいビールがあったからです。しかも駅から徒歩10分弱の好立地で、料理も美味しかったのですが、残念ながら廃業してしまいました。

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西出雲駅前にあった出雲路ビールが好きで何度か通いましたけど、廃業してしまいました。親切にしていただいたブルワーさんは元気かなー。

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山陰地方には多くのクラフトビールの醸造所がありました。今回の汽車旅のコースでは山陰本線鳥取県の浦安に東伯麦酒、境港市の余子には夢みなとビールが、島根県に入れば安来の尼子MALLKビール、西出雲に出雲路ビールが、広島県の三次には三次ベッケンビールがありました。私は2年ほどで早々と廃業してしまった尼子MALLKビール以外は訪ねています(笑)。

特に出雲路ビールと三次ベッケンビールは業界内でも評判が良く、もう少し我慢していれば、ここ数年のクラフトビールのブームに乗って、中国地方の雄として注目を集めていたことでしょうし、今回の私の旅程も大きく変わっていたでしょう。

2011年6月21日 (火)

North Islandのビアホール

North Islandのビアホールが6月16日をもって閉店しました。もちろんビールの醸造や二条市場の前にあるビアバーは営業を継続されていまが、North Island創業の地であるだけに今回の件は本当に残念に思う。

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私がNorth Islandのビアホールを初めて訪ねたのは2006年3月でした。あまり下調べをしていなかったので地下鉄の北24条駅からタクシーを使ったこと、運転手さんと一緒に散々探したこと、最後は車内から店に電話してたどりついたこと、などとしょーもないことを覚えていますが、やはりビールの味は印象に残っています。

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飲んだビールの印象をネチネチ書いていると、カウンターでビールを注いでいた方が話しかけてきました。店員さん?・・・確かに店員さんですが、実際にビールを造っているブルワーさんでした。東京からビールを飲みに来た奇特な私にビールを熱心に説明していただきました。これが私とNorth Islandの出会いになりました。

ビアホールの1階で、まさに手作りで作っていたとても小さな醸造設備は、数年前に近郊の江別市へと移転しました。札幌市の中心地にビアバーを開店した今日では、ビアホールの閉店はやむをえなかったのかもしれません。今後は江別の醸造所とビアバーの2箇所に注力するようです。今後のNorth Islandの発展に期待しています。

2010年3月10日 (水)

さらば出雲路ビール

出雲路ビールが活動を休止したようです。レストラン、ビアムーンのサイトには記載はありませんが、出雲路ビールの紹介コンテンツは削除されています。

今更ですが、出雲路ビールには以前から注目しておりました。やや荒削りで洗練されていませんでしたが、特徴のあるビールに惹かれて、私も現地へ何度も飲みに行ったものです。ブルワーさんとも親しくさせていただき、私が関わっていたイベントにも協力していただきました。少しずつですがビール業界でも注目されるようになり、まさにこれから!という状況だっただけに、今回の休業はとても残念に思います。

ビール好きの方が現地に行くと、親会社?がビールをあまり重要視していない!と誰もが思うのです。ビールの出来と社内の評価のアンバランスが、今回の休業に至ったのではないでしょうか。

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画像は、西宮のBeer Cafe Barleyさんで飲んだ出雲路ビールのラオホビール。上手に熟成されて、ラガーらしい飲み易さと特徴を両立させた逸品でした。Beer Cafe Barleyさんでは私の1杯で売り切れ。最後の1杯になりました。

2010年1月12日 (火)

北上わっかビール

タクシーで着いた北上にはかつてビール醸造所があり、北上わっかビールの名で販売していました。北上駅から徒歩数分の便利な場所にあり、私もかなり早い時期に訪ねています。記録を見ますと2001年冬で、今回と同じように雪が降っているとても寒い夜でした。

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北上わっかビールは地元の飲食店チェーンが運営していたようです。そちらの方のノウハウを活かしていたのでしょう。店内の雰囲気も垢抜けていますし、店員さんの応対も洗練されていました。

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店内はこんな感じでした。真冬だったのでお客さんの数は少なく、店員さんもヒマそうでした。ビールはピルスナー、ヴァイツェン、ペールエール、デュンケル、などを造っていたようです。初期のクラフトビールらしくドイツ系が中心になっています。

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北上駅近くでとても便利だったのですが、北上という町の駅前は思い切り空洞化していて、活気があるとは言いがた場所だったのです。営業的に厳しかったようで、ビール醸造所兼レストランは、焼肉屋に改装されてしまいました。

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この焼肉屋を訪ねたのは2003年の夏。北上わっかビールが廃業したのは2005年7月とのことで、改装して集客アップにはならなかったようです。

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ビールの方はピルスナーやヴァイツェンといったすっきり系を中心に造っていたようです。を造っていたようです。当時の印象では有りますが、綺麗に造られていたと覚えていますので、廃業はとても残念でした。

2009年2月18日 (水)

萩ビール村塾の思い出(その2)

萩ビール村塾は、さすがに東萩駅前のビルでは手狭だったようで、郊外に移転しています。本業の柑橘類加工業、ジュースとかジャムとかといった販売店も兼ねているので、他の設備をこの場所と集約したのかもしれません。

改めて訪ねたのは2005年の夏でした。場所は萩市郊外の越ヶ浜。漁港やマリーナが集まる場所です。漁村や漁協もあるので、萩市からバスはそこそこの本数が有りますが、隣接している「ちょんまげビール」と一緒に訪ねたいので、東萩駅からレンタサイクルを借りてセットで訪ねることにしました。(厳密には飲酒運転です。)

ところで、この越ヶ浜一帯は、地理学用語でいう陸繋島と陸繋砂州で、バスの終点までは砂州で平坦ですから気軽なサイクリングですけど、肝心の萩ビール村塾がある笠山は陸繋島です。名前通りの地形なので最後200メートルの登り坂がとてもきつい。レンタルのママチャリではギブアップで、押して上がりました。夏の日差しがきつかったです。

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移転間もない頃だったので、施設は新しくて綺麗。出張販売用?のトレーラーまで用意して、会社側でもビール造りに意欲があったのでしょう。

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同じ敷地内に柑橘類加工場もあって、それらの製品を販売する店も設けられていました。もちろんビールも飲めます。本格的な飲食施設は無いのですが、夏にはテラス席でバーベキューも出来るみたいです。テラス席を案内していただき、ビールを飲む。私しか居なくて寂しいのは残念ですが、酸味が効いた爽やかなビールでした。

行きは酔い良い、帰りは怖い。
先ほどママチャリを押して上がった急坂は、やはりママチャリで下るには怖いほどの急坂になっています。ブレーキを放すと急激にスピードが上がるのです。いったんスピードが上がるとブレーキが効かない。酔いが冷めるほどのスピードで坂を一気に下ってしまいました。

2009年2月12日 (木)

萩ビール村塾の思い出(その1)

間もなく姿を消そうとしている萩ビール村塾の話をすこし書いておきましょう。

萩ビール村塾を飲みに萩を訪ねたのは2000年の夏でした。ビール巡りにハマり始めていた頃で、この時は山陰地方を西から順番に訪ねています。その第一弾がこの萩ビール村塾でした。当時のビール醸造所は現在の場所ではなくて、東萩駅前のビルの1階にありました。東萩駅から徒歩1分!。他の地域からのバスもこの駅前を通るので、アクセスし易さは抜群でした。ただし萩市の中心地から離れているので、決して華やかな場所ではないのが残念でした。

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駅前ビルの1階の奥に醸造所とレストランがありました。ビルの中なので規模はとても小さいです。でもガラス越しに醸造設備が見えるという定番はおさえていました。

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店内の様子はこちら。

仮に2009年の現在の残っていても、日本有数の小規模醸造所の1つとして紹介されていたでしょう。

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店の裏側の様子です。

多く積まれた樽が、当時のクラフトビール業界の盛り上がりを感じさせられます。さすがにこの場所では手狭だったのか?、郊外に移転しています。

さよなら、萩ビール村塾

クラフトビールに興味ある者として、このような情報はとても悲しいです。山口県萩市にある萩ビール村塾が製造・販売を終了するとの連絡がとどきました。

http://www.e-yuzuya.com/04beer/index.html

山口県萩市とえいば、明治維新の立役者となった長州藩の志士たちが育った町です。吉田松陰が主催した松下村塾の名をとったのが萩ビール村塾でした。地元の柑橘類加工業者が親会社で、だからという訳ではないのでしょけど、酸味が効いたヴァイツェンなどはかなり美味しいと記録しています。このビールが飲みたくて、何度か萩市を訪ねました。

世界経済が悪い状況になっているので、クラフトビールのような中小の規模では、ビールの醸造を諦める企業もでているようです。萩ビールをもう飲むことが出来ないのは残念です。

2008年8月 1日 (金)

福山リーデンビール

山陽本線を西に進んでいくと、岡山で独歩、倉敷で倉敷麦酒、広島県に入って福山のリーデンビール、というのがパターンでありました。

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もともと福山市で漁具を製造販売していた会社が母体になって、ビール会社を立ち上げています。何故に漁具会社が?、その辺りの疑問は専門家にお任せするとして、漁具会社の敷地内に用意されたビールのお店は、当然ですが海に近い場所。駅からは行きづらい場所に有ったのです。

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ビールは決して不味いものではありませんでした。むしろ当時のレベルでは上等だったかと思います。特にピルスナーのすっきりとした苦味はとても好印象でした。今のIPA人気を考えますと、もし生き残っていれば、中国地方を代表するビールになっていたでしょう。今となっては当時の画像を見て、懐かしむだけです。

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倉敷麦酒

古い町並みを残している倉敷にもビール屋さんがありました。

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周りの風景に合わせて白壁造り。倉敷は美観地区が有名で観光客で賑わっていますが、ちょっと外れたビール屋さんの辺りは、落ち着いていて、良い雰囲気でした。

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建物はビール醸造に合わせて新築されたもののようですが、入口あたりの造り込みは良かったです。

今では独自のビールではなくて、独歩の宮下酒造傘下の店になっているようです。

2008年6月 6日 (金)

ブナの森から

最も訪ねにくい場所にあるビール醸造所のひとつが、鳥取県の大山にある「ブナの森から」です。スキー場のレストハウスにあるので、スキー場のアクセスバスが使えるかと思いきや、運転本数が少なくて、不便どころか「地ビール巡りには使うな!」というようなダイヤ設定になっています。私でさえ訪問を断念するような“秘境”のビール醸造所でしたけど、同じ大山にある大山Gビールさんの好意で、社長さん直々にクルマで送っていただきました。

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冬には雪に覆われたゲレンデになるのでしょう。夏にはパターゴルフなどに使われています。広々としたゲレンデの向こうに見える大山の雄大な姿。今まで訪ねたビールの中でも指折りの素晴らしさです。

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ビールの方も、なかなか頑張っていました。ただ立地の不便さは、集客の面ではやはり問題が有ったようで、ビールの製造は止めてしまいました。今は近くでサントリーの天然水が生産されています。

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