無料ブログはココログ

カテゴリー「汽車旅」の記事

2009年11月12日 (木)

東田第一高炉

北九州のスペースワールド付近を走っていると、山側に見えてくるのが東田高炉。現在は使っていませんが、鉄の都市、北九州のシンボルとして整備され、記念物として保存されています。

私は以前に仕事で製鉄所に出入りしていました。製鉄所には様々な設備がありますが、その中心にあるのは高炉で、製鉄所のシンボルでもあります。私には懐かしく、つい見に行ってしまいました。

01_2

鉄塔の中にある筒状のものが高炉です。この中に原料の鉄鉱石、コークスと石灰石などを投入して鋼のもとになる銑鉄を作ります。

03_2

どろどろに溶けた鉄を高炉から取出すことを出銑といいます。その作業の様子が再現されています。あまりにも熱いため作業員は耐熱服を着ています。

02_3

出銑された鉄を次の工程に運ぶのがこの車両。製鉄所特有の特殊なタンク車で、形が魚雷に似ていることからトーピードカー(もしくはトピードカー)と呼ばれています。積荷が重いため複式ボギーになっています。銑鉄を取出す時にはタンク部分を回転させて流しだします。

04_2

ところで高炉をはじめ溶けた鉄を扱う設備の材質は何だと思います?。当然ながら鉄ではありません。これは高炉に熱風を送り込む送風管のカットモデル。内部を幾重にも耐火煉瓦で覆われています。高炉にはもっと厚い耐火煉瓦のカバーがかかっているのです。このあたりの説明が今ひとつだったのは残念でした。

2009年11月11日 (水)

関門海峡

九州旅行ネタも終盤です。

帰り際にやまぎんレトロラインにもう一度乗りました。終点から関門海峡の景色を楽めるバスが接続しています。

01

派手なラッピングをしていますが、ごく普通のバスです。ボランティアのガイドさんが乗っていて、アナウンスをしてくれますが、運行を始めて間もないのでたどたどしいです。これはだんだんと慣れていってくれるでしょう。

02_2

このバスに乗って15分ほど。関門海峡を見下ろす展望台へ運んでくれます。ここからの景色が素晴らしい!!。

03

こちらは関門海峡の門司港エリア。

04

こちらは関門海峡を渡る関門橋と下関エリア。高速道路のアスファルトと橋、山の緑とのコントラストが良いですね。

関門海峡は潮の流れが激しい場所として有名です。まるで河のように海が流れていきます。古くから海上交通の要所で大小さまざまな船が行きかうのが見えます。歴史的には、源平合戦終盤の壇ノ浦の戦いが行われたのもこのエリア。戦前には大陸への中継地としても栄えました。このように関門海峡という自然だけでなく、そこに住んでいる人間が作り出したものが一体になった景色が味わえて、料金は180円。格安です。やまぎんレトロラインとセットになったきっぷもあるので、そちらを使えば更におトクです。今後は口コミで人気を集めることは間違いないでしょう。

現在は、やまぎんレトロラインの終点からの設定だけですが、出来れば門司港レトロ地区からの便も設定して欲しいところ。そうすればますます便利で魅力的になると思えるのです。

2009年11月 6日 (金)

軌道バイク&自転車

小湊鉄道の懐石列車に乗ったネタ。今回は汽車旅趣味の団体で参加したので、軌道バイク&自転車の体験乗車をさせていただきました。軌道バイクとは何ぞや?。見ての通りです(笑)。映画のシーンで見た方も多いのではないでしょうか。

01_3

もちろん正式の鉄道車両ではありません。保線の方々が巡回や移動に使う機械で、一般の乗客が乗ることは出来ません。小湊鉄道では使われなくなった側線を本線から切り離して、体験乗車の場を作っています。

02_3

軌道バイクの構造は簡単です。こちらでは125ccクラスのバイクを改造しているようです。方向転換が出来ないので、2台を使っています。エンジンを始動してギヤを入れて、いざ出発!。バイクの音と線路のジョイント音の組合せで走っていきます。

私も乗ってみました。普段は使われていない線路で調整不測気味。バイクのサスペンションは無いも同然なので、乗り心地はかなり固めです。繋ぎ目ではガツンがツンと衝撃が伝わってきます。それでも風を切って走る爽快感はとても気持ちの良いものです。

03_2

こちらは軌道自転車。こちらも見ての通りです。無骨なフレームとごつい車輪。とても重そうですが、走り出しは軽いです。鉄のレールと車輪の組合せという鉄道の特性を体験できます。

04_2

体験乗車ですから走るのは片道200メートルぐらい。短い時間ですが、思い切り楽しめました。風を切って走る楽しみ、線路の継ぎ目からの振動、そして・・・。画像からも楽しんでいる雰囲気を感じていただけるでしょう。私たちの団体は汽車旅に関して百戦錬磨の達人たちが大勢いて、なかには日本の鉄道全線を乗ってしまった猛者も何人か居ます。それらの方々を魅了した軌道バイク&自転車。鉄道趣味もまだまだ楽しみ方があるのですね。

2009年11月 5日 (木)

小湊鉄道の懐石列車

ローカル私鉄はどこも経営が厳しいようで、あれこれとアイディアを出して少しでも増収をしようと頑張っています。先日訪ねた小湊鉄道もその1つ。車内で食事が出来る懐石列車を走らせています。

04

車内はこんな感じ。普段は通勤通学の人たちで賑わっているのでしょうけど、いつもとは違った雰囲気です。

02_2

今回は団体での利用だったので小湊鉄道さんの好意で車庫の見学をさせていただきました。古いディーゼルカーが並んでいる様子は、古きよき時代の鉄道の雰囲気を残しています。まるで国鉄時代を思い出させるようです。

01_2

こちらはもっと古い時代の蒸気機関車です。車庫の奥に保存されています。イベント時には公開されるようなので、興味ある方はどうぞ。

2009年10月26日 (月)

鹿児島への鉄路

肥薩線へはもともと鹿児島へのメインルートとして建設されました。その中継地の吉松は機関区が置かれ、鉄道の町として栄えました。今では里山に囲まれた乗換え駅になっています。

11

今回の旅の目的地の鹿児島まであと一歩。吉松駅前の温泉で身を清めます。

12

肥薩線から日豊本線に乗り換えて、鹿児島への最後の列車に乗ってしばらくすると、錦江湾の向こうに桜島が見えてきました。延々と乗り継いで、鹿児島へ来た!と実感させてくれる姿は日本の鉄道の車窓でも屈指の場面です。鹿児島へ飛行機、鉄道でも新幹線がメインルートにですが、この景色をこの場面で見たくて、遠回りで時間がかかる古い道のりを通っています。

2009年10月25日 (日)

SL人吉(その2)

蒸気機関車が引張るSL人吉は客車も同時に整備されています。デザインしたのは水戸岡鋭治氏ひきいるドーンデザイン研究所です。既にJR九州の車両たちのお馴染みです。

04_3

列車の後ろは展望車になっています。八代からは球磨川沿いの景色の良い区間。子供たちが景色を眺めています。

05_2

途中の一勝地駅では休憩&撮影タイム。ここでも蒸気機関車は大人気です。

06

終点の人吉で休憩する車庫は、古い建物そのまま。蒸気機関車に合っています。熊本から人吉まで3時間ほどの汽車旅。とてもお勧めのコースです.

07

終点の人吉で、肥薩線の山越え区間に挑むいさぶろうに乗り換え。人気列車が昼時に接続するので、普段は静かな人吉駅も観光客の賑わいを見せています。

2009年10月24日 (土)

SL人吉

九州に入って、南下していきました。この日は熊本に泊まっています。

01

熊本からは蒸気機関車が活躍しているSL人吉号の旅。この蒸気機関車は1922年に製造されてから九州各地で活躍し、1975年に引退。その後の1988年にボイラーを新たにして復活したものの、台枠(フレーム)の不具合で再度引退。2005年に再復活したという、日本の蒸気機関車の中でも幸運な運命をたどっています。戸籍上は80歳以上の老いた機関車ですが、主な部品は取替えられていますし、ピカピカに磨かれているので、新しい機関車のようです。

02

それでもこの機関車を運転するには、熟練した機関士と機関助士の2人の息の合った職人技が必要です。熊本駅の発車前に、機関車の状態を最上に保つためにあれこれと作業していました。

03

乗務員さんの苦労の脇で、お客さんが記念撮影。それを盛り上げるのはJR熊本ご自慢の客室乗務員さんです。

発車準備が整って、いよいよ出発です。

2009年10月23日 (金)

呉線の海の景色

竹原からは再び呉線の旅。

01

呉線の沿線は、旧帝国海軍の呉軍港をはじめ各種の軍事施設が点在していたので、戦前には強制的にブラインドを下げさせられていたようです。また東京や大阪からも直通列車が運転されていた重要な路線だったのですが、今では瀬戸内沿いに走るノンビリとしたローカル線になっています。

02

車窓の瀬戸内海はとても良し。穏やかな瀬戸内海と島々の景色が移っていきます。私は戦前は知らない世代だけど、空調の効いた車内から存分に味わえるとは良い時代だと思う。

04

瀬戸内海に面して、工場や造船所、漁港があちこちにあります。東日本とくに東京の内陸部に住んでいると海は海水浴やレジャーの場で、よそ行きの存在なのですが、こちらでは人々の生活が海と直結しているのが解ります。はしけ?を押す小さな舟とすれ違いました。

2009年10月22日 (木)

竹原歴史地区

呉から瀬戸内海沿いに進んで竹原へ。こちらは歴史地区が有名です。

21

竹原歴史地区は駅から少々離れています。正直なところ、現地に行くまではあまり期待していませんでした。駅前はシャッター商店街と化していて活気が無く、暑い日ざしが照り付けて、 現地に着いた頃には汗だくでグロッキー・・・・。

18

でも、この竹原歴史地区は雰囲気がよろしい。街並み保存や景観造りの完成度は以前に訪ねた鹿児島県知覧ほどではないけど、生活感のある自然な街並みです。

22_2

歴史地区といえば古い和風の民家が並んでいるのがよくあるパターンですが、このような洋館造りの建物がアクセントになっています。

19

道路沿いの建物の多くが茶店や土産物屋さんになっているのもよくあるパターン。暑い日だったので、店に入って一休み。

25

格子が美しい建物も点在しています。おもわず撮ってしまいました。

26

こちらは竹鶴酒造の建物。北海道のニッカウィスキーの創業者、竹鶴政孝氏の生家です。

1時間程度の街歩きでしたが、充実したものでした。また訪ねてみたい街の1つになりましたよ。

2009年10月19日 (月)

大和ミュージアム

大和ミュージアムこと、呉海事歴史博物館に行きました。ここの呼び物は軍艦大和の1/10の模型です。本物の大和は全長が263メートルもありました。これは11両編成の山手線より長いのです。1/10といっても26.3メートル・・・・。船の規格は全く解らないのですが、横で見学している方の大きさと比べてみると、とにかく大きい!というのが解るでしょう。あまりにも大きいので、全体像を撮影するには苦労します。

01

この模型を実際に海に浮かべたら、ちゃんと浮くそうです。

当たり前と言われそうですが、姿や形だけでねく、艦としての前後左右の重量バランスまで考慮された精密な模型です。

04

大和の象徴でもある18インチ主砲です。現在でも世界最大の艦砲です。

05

艦橋を中心に、戦う船としての装備、主砲だけでなく、先ほど実物大の模型で見た副砲、高角砲や機銃が所狭しと並べられています。攻撃してくるアメリカ軍の飛行機に対して一斉に火を噴いたのです。

07

攻撃してくるアメリカの飛行機から見たらこんな感じでしょうか。ハリネズミのように武装した大和に、 勇敢に突っ込んできました。迎撃する大和の乗組員たち。双方の闘志に敬礼です。

大和セット

広島市で行われた「地ビールフェスタin広島」の当日は広島に泊まり、翌日は呉市に行きました。呉市は戦前には旧帝国海軍の軍港として栄えていました。1945年8月15日をもって活躍にピリオドを打ちましたが、多くの施設は戦後に復興を遂げて、今でも広島県を体表する工業都市となっています。その広島市で注目を集めているのが大和ミュージアムこと呉海事歴史博物館です。数年前に訪ねて、その充実した内容に大いに興味を覚え、今回は改めての訪問になりました。

呉駅から大和ニュージアムへの道すがら、軍艦大和を取り上げた映画『男たちの大和/YAMATO』のセットが展示されているので、まずはそちらの方を見てきました。

01_6

とあるビルの1フロア。鎮座しているのは大和に搭載されていた主砲!ではなくて副砲です。主砲は巨大すぎて納まりきれないのです。副砲といっても15.5センチの3連装砲塔で、付属しているハシゴあたりからその大きさを想像できるでしょう。

これらの展示物は映画のロケに使われたもので、もちろん本物ではありません。恐らく木製でしょう。近づいてよく見ると塗料がはげています。それでもこの大きさは見ている者を圧倒します。

02_5

↑↑こちらは大和をはじめ旧帝国海軍の艦船に搭載されていた12.7センチ高角砲。襲い掛かるアメリカの飛行機を撃墜するはずでした。しかしながら闘志満々のヤンキー飛行士たちは大和に肉薄してきます。

04_5

↑↑こちらは25ミリの機銃。画像では解りませんが3連装です。戦場での様々な爆風を避けるためにシールドが付けられています。

05_5

↑↑25ミリ機銃の中身です。

増設された機銃にはシールドが間に合わなかったので、むき出しです。機銃員たちは爆風や機銃掃射の中で奮闘しましたが、倒れていきました。

最初にも書きましたが、これらは映画のロケに使われたもので、張りぼてです。しかしながら大和をはじめ旧帝国海軍の艦艇の多くは撃沈され、運良く生き残ったのも全ては武装解除そして解体されてしまったので、当時のものは残っていません。今となっては貴重なものです。出来れば模型としてでも大和ミュージアムに収蔵して欲しいですね。

 

石狩沼田

留萌線の石狩沼田。かつてこの駅から石狩川の右岸に沿って札沼線が走っていました。今でも下流側は学園都市線として活躍していますが、上流側は利用客が少なくて廃止されてしまいました。その廃線路跡を見に行きました。

Photo

というのは嘘で、寝過ごして留萌線に迷い込んでしまったのです。かつて札沼線が分岐していた面影は寝ぼけ眼では見つけることが出来ず、無人駅となって久しい石狩沼田駅は寂しい北海道の駅でした。

2009年10月18日 (日)

音威子府

私が乗った稚内からの1番列車は音威子府駅で休憩を取ります。車内から出て駅前を散歩しました。

02_11

音威子府駅は駅とバスターミナルを兼ねていて、なかなか立派です。このエリアでは尤も規模の大きな建物の1つです(笑)。

01_9

休憩中に下り列車と交換。あちらも休憩をとります。その間に札幌ゆきの特急列車がやってきて、あわただしく発車していきました。

04_3

下り列車は、さきほど走ってきた原野への線路を歩み始めました。こちらも、そろそろ発車することにしましょう。

宗谷本線

宗谷本線は日本で一番好きな路線の1つ。この線にのるために宗谷地方を何度も訪ねているといっても過言ではありません。

01_8

宗谷本線の北端では利尻富士こと利尻島がちらちら見えます。北へ向かう下り列車の場合、原野地帯を延々と走って稚内まであと一息の抜海駅から、一瞬だけですが海に抜けます。海に姿を横たえる利尻富士が一望でき、列車もスピードを落としてくれます。、

02_10

今回は夏に訪ねたので、線路脇の木々の緑が鮮やかです。短い夏を謳歌しているようです。時折見えるのは牧場と駅だけ。こんな風景の中を線路は延々と続いています。

2009年10月17日 (土)

稚内駅

旅人は「果て」を目指します。汽車旅を愛する者が線路の日本最北端の稚内を目指すのは当然です。

02_9

南から延々と続いてきた線路は稚内途切れます。

かつてはこの先の波止場まで、そして船を通じて樺太まで続いていましたが、いまはここまで。

01_7

駅にも日本最北端を示すものがあちこちにあります。多くの旅人がこの前で記念写真を撮ったのでしょうね。

04_2

北の果てにたどり着いたからには、帰らなければなりません。道のりは長いです。日本最北端の駅そばを食べてから、戻ることにしましょう。

2009年10月15日 (木)

奥出雲おろち号

先日紹介した木次線。魅力を十二分に味わうにはこの列車です。「奥出雲おろち号」。木次線を走る観光トロッコ列車です。

01

ディーゼル機関車に引かれたトロッコ風の客車列車が木次線を往復してます。06 

乗ったのが休みの日だったので、遠足がてらの子供達で大賑わいでした。

03

沿線の道路も「おろち」のようにとぐろを巻いています。天気も良くて車掌さんのガイドを聞きながら景色を眺めていました。

08

ところで、この「奥出雲おろち号」は3両編成。

宍道・木次←機関車+控え車+トロッコ車両→備後落合

行きの上り坂は機関車が後ろになるから問題なし。帰りも基本的には下り坂なので大丈夫なのですが、備後落合から発車して数駅は急な上り坂で、機関車のエンジンはフル回転です。12気筒61,000ccのエンジンから吐出される排気ガスは強烈で、トロッコ車両を襲います。山間の景色を味わうどころではないのです。雨天時のために用意されている控え車に避難してしまいました。他の皆さんは頑張ってトロッコ車両で我慢しています。

04

クーラーが効いた車内でクッションの有るシートに納まって景色を眺めるのも、汽車旅の楽しみ方のひとつ。もちろんトロッコ車両で自然の風を感じながらも良し。2つの楽しみ方を味わえる「奥出雲おろち号」でした。

木次線

木次線に乗りに行った。木次線と言われて場所がピンと来る方は鉄道ファンだと思う。山陰地方の宍道から中国山地の中にある芸備線の備後落合駅を結んでいる典型的なローカル線です。

04_2

もちろん列車は1両。1日に3本しか運転されない区間もあって、地元の方でも乗りにくい路線になっています。もっとも地元の方が居ないのでは?と思える険しい山地をはしるので仕方ないでしょう。

02_2

突然に線路が途切れます。

線路の坂があまりにもきついので、ジグザクに線路を敷設して、高さを稼いでいます。汽車旅的にはスイッチバックといって、汽車旅派に珍重されているだけでなく、観光客も注目されているスポットになっています。

05_2

鉄路が険しければ、道路も険しいです。深い谷にかけられたアーチ橋。朱に塗られた鉄骨が深い緑の谷に映えています。

とっておも魅力的な木次線です。皆さんも乗りに行きませんか・・・・と安易に誘える場所ではないですよ。とにかく遠いっす。

2009年10月13日 (火)

札幌で風呂に入る

旭川で大雪ビールにフラレ、これからどうしようか迷ったけど、とりあえず札幌に戻ります。今回は普通列車限定の「北海道東日本パス」を使ったので、次の普通列車は・・・北海道らしくかなり時間が空くので、特急列車を使いました。さすがに特急は早いです。ビールの時間には早めだったので、ひとっ風呂あびることにしました。

私の思い過ごしかもしれませんが、北海道を旅していると、あちこちに気軽に利用できる温泉場や銭湯があると思うのです。冬の寒さが厳しい北の大地ゆえに、と思っているのですが、旅人には旅の汚れと疲れを落とすには重宝しています。

鉄道旅行者にとって駅近くに風呂があるのが望ましい。今回使ったのは北のたまゆら桑園店。スーパー銭湯のチェーン店ですが、桑園駅から徒歩数分と便利な上に、入浴料金が420円で、普通の銭湯と同じというのもありがたい。やはり人気があるようで、なかなか繁盛していました。数種類ある内湯と露天風呂をいったりきたり。しっかり汗をかけばビールが欲しくなります。もちろん休憩所の大広間ではビールを売っていて、皆さん美味しそうに飲んでいます。もちろん銘柄はサッポロだ。でも私はじっとがまん。札幌で新進気鋭のクラフト・ビールを目指すのだ。

2009年10月12日 (月)

登別駅

登別ビール鬼伝説さんを訪ねるには登別駅から登別温泉へのバスを使うのが一般的です。1時間に1~2本は運転されているので便利です。駅からも割りと近いので、タクシーを使っても1メーターぐらい。ビール巡礼の場所としてはアクセスしやすい醸造所です。

03_3

登別駅は、北海道を代表する温泉地、登別温泉の玄関口になっています。観光施設のクマ牧場も有名で、駅にはクマのケイ太くんとごん太くんがお出迎え。もちろん剥製ですが、大きな体は迫力があります。

01_3

さて、玄関口になっている登別駅ですが、なかなか良い駅です。ロータリーに面している表側は駐車しているクルマや客待ちのタクシーなどで見えづらくなっていて、漆喰の白壁と化粧柱が目立っていますが、いざ列車に乗ろうとしてホームに立てば、違った雰囲気です。

02_5

登別の駅舎は1階部分がどっしりした石造り、2階以上は木造?の混構造のようです。堂々たる上屋(ホーム屋根のこと)が張り出して、とても良い雰囲気です。長年の風雪に耐えた風格があります。

2009年10月 9日 (金)

リゾートしらかみ

秋田から青森への移動するとなると奥羽本線を行くのが普通ですが、今回は五能線を使いました。日本海沿いの景色を楽しめます。鉄道ファンでなくても人気の高い路線であります。このような景色が楽しめるのです。

04

ただ、山陰本線の項でも書きましたが、夏の日本海は穏やかで青空と青い海の組合わせは素晴らしいです。画像のような景色を車窓から味わえるのです。

もちろん冬の日本海も良いです。季節風が強く吹きつけ、白い荒波が寄せる寒々とした風景は旅行者の眼には魅力的に映るのです。

01_6

ただ、五能線は典型的なローカル線で普通列車の運転本数も少なく、全線乗り通すと5時間ちかくかかってしまいます。私でも時間を持て余しそうですし、硬いボックスシートに収まっているとお尻が痛くなりそうです。

そんあ私に都合が良いのが、「リゾートしらかみ」です。快速列車なので小さな駅は通過します。五能線には鈍行列車が似合う、という意見を聞くこともあるし、私もそう思うところもありますが、小さな駅にひとつひとつ停まっていく動きは遅すぎる。車窓には動きが必要だと思うのです。

02_8

何だかんだ言っても、素晴らしい景色を楽しめる大きな窓と快適なシートの魅力にハマっています。昼にあくらビールでほろ酔い。五能線の素晴らしい景色を横目に居眠りするのは、最高の贅沢だと思うのです。

2009年10月 6日 (火)

「やまぎんレトロライン」でタイトル防衛

山陰本線を本州の西の果てに進み、関門トンネルへ。抜けて門司駅でデッドセクションを越えるのは九州へ入る儀式です・・・と思うのは鉄ちゃんのこだわりです。門司駅で乗換えて門司港駅へ。見事な駅舎が迎えてくれます。夏の盛りでしたが駅前の噴水が涼やかで、子供たちが遊んでいました。さて門司港といえば、門司港レトロ地区と門司港ビールです。でも今回の目的は違うのです。

01_2

今回の目的は「やまぎんレトロライン」と名づけられた観光トロッコ列車に乗ることでした。

02_4

画像の通り、景勝地を走るトロッコ列車そのものです。門司港のレトロ地区やマリーナ、関門海峡を眺める観光鉄道です。

03_2

それでも私が鼻息荒く「乗らなければならない」のは、この列車が正式に認可された鉄道路線であることです。私は日本の鉄道を全て乗り尽くし、「全線完乗」というタイトルを得ていると宣言しています。実はこのタイトルを維持するのは難しく、大都市の地下鉄などが新たに開業すると乗りに行かなければならない!のです。時には路面電車の終点が0.05キロ伸びたために乗りに行ったこともあります。今回の「やまぎんレトロライン」は形は遊園地の遊戯鉄道ですが、これは乗らなければ「タイトル返上」になってしまいます。実際のところ、志を同じくするタイトル獲得者がこの路線に挑み、そしてタイトルを防衛してきました。私もいざタイトル防衛へと挑みます。

と、思い切り鼻息が荒く、血圧は上がり気味ですが、走り出してしまえば10分の乗車時間です。はるばる九州まで「タイトル防衛」と称して意気込んでしまうと拍子抜けの馬鹿ばかしいかぎり。むしろ歓声をあげる家族連れと一緒に、のどかな車窓を眺めているのが、本来の「やまぎんレトロライン」の正しい味わい方です。沿線の景色もなかなか良し。同じ列車に乗った家族連れと一緒になって楽しませていただきました。

2009年10月 5日 (月)

みすゞ潮彩

山陰本線の車窓を味わうならば、みすゞ潮彩号に乗るのが良いでしょう。

02_2

海側(画像左側)に向かってシートが並べられているので、大きな窓から景色を眺めることが出来ます。大き目のテーブルは、缶ビールを置くにはちょうど良いです。

11

車体が、やや恥ずかしい系にペイントされているのはご愛嬌ですね。 山陰本線では西端の区間にある仙崎と下関との間で運転されています。このような面白い列車は、もう少し東側の区間でも運転して欲しいですね。

夏の山陰本線

出雲路ビールを訪ね、泊まった翌日は山陰本線をさらに西へ。

01

山陰本線は日本海の沿って走っていきます。私の好みの路線のひとつ。日本海といえば冬と思われる方も多いでしょう。どんより曇った灰色の空との組合わせは演歌の世界。だけど私は晴れた日本海が好きです。特に夏が良し。抜けるような青空と海の青の組み合わせは、とても爽やかです。まだ午前中ですがビールを飲んでしまいましょう(笑)。

03

時どき車窓に現れる小さな漁港は良いアクセントになります。夏の日差しに景色が輝いています。

適度な空調と列車の乗り心地。そしてビールの酔い。居眠りしてしまう至福のときです。

2009年9月28日 (月)

熊本は住みたい街

東京に住んでいて、あちこちに旅行で出かけていますが、住んでみたと思う街があります。熊本はそのひとつ。

西日本なら松山と広島。共通することは城下町で歴史を感じさせる大都市であるということ。鉄道ファン的には路面電車が走っていること。お堀端に路面電車が元気に走っているのは、とても魅力的であります。

02

熊本は市中に温泉があるかは知らないけど、背後に阿蘇山を抱えているので、休日にドライブに行くにはちょうど良いでしょうね。

2009年9月24日 (木)

鬼太郎列車

大山Gビールのあしもと、米子から伸びている境港線には鬼太郎列車が走っています。これは終点の境港が作者の水木しげるさんの出身地で、代表作「ゲゲゲの鬼太郎」を観光資源にしているからです。

01

この車両にはアイドル?の猫娘がペイントされていました。

02

境港線の各駅には、登場するキャラクターの愛称が付けられています。始発駅の米子はねずみ男で、お客さんを出迎えてくれます。

03

売店も、もちろん「ゲゲゲの鬼太郎」仕様で、関連グッズを売っています。国鉄時代の雰囲気を残している米子駅ですが、境港線のホームだけは雰囲気がちがうようです。

2009年9月15日 (火)

関西本線

もくもくビールの帰り、佐那具駅から関西本線に乗りました。

関西本線は関西と名古屋のメインルートを東海道線と争い、またお伊勢参りのルートとして大いに栄えた時期がありました。その為にホームはとても長いです。

01

今では、小さなディーゼルカーが停まるだけ。誰も降りなくなったホームの端に立っても、かつのて賑わいを想像することは難しいです。

02

運転本数が多かった時代には、行き違いの設備が設けられていました。今は放棄され、草に埋もれています。鉄道の栄枯盛衰を感じずにはいられません。

2009年8月15日 (土)

奈良 燈花会

先日、奈良で行われた「なら燈花会」に行ってきました。

詳しい由来は解りませんが、奈良の路をロウソクで灯すイベントです。始まってから数百年、、、ではなくて、1999年からなので、まだ10年ほどの歴史です。それでも奈良の古い雰囲気にしっかり溶け込んでいます。

01

当日はあいにくのお天気。せっかく灯されたロウソクが雨で消されてしまいます。スタッフが点けては消されるの繰り返し。

2009年8月13日 (木)

岩泉線

宮古からは山田線で盛岡方面へ。山田線は岩手県庁がある盛岡市と、宮古市を結んでいるのですが、平行するバスに客を取られてしまい、運転本数が極めて少なくなっています。ところが更に分岐している支線があるのです。岩泉線!。全線を通して運転されるのは1日にわずか3本。JR東日本の路線網の中では最も乗りにくい路線の1つです。この路線に乗るためだけに、此処までやってきた私は、やはりアホですよねー。

どんなに運転本数が少なくても、乗る人が居なくなっても駅があります。なかには駅しかない駅があります。そのような駅を「秘境駅」と称して熱心に訪ねている方々が居て、密かなブームになっています。自分のことを棚にあげて言うけれど「アホだねー」と思います。そんな方々がA級の秘境駅としているのが、岩泉線の押角駅です。

01_2

見事に駅、というよりホームしかありません。うっそうとした森林地帯に設置された駅の周囲に人家は全く見えません。それでも列車は停車し、ドアの操作をして、そして発車していきます。

2009年8月12日 (水)

三陸への汽車旅

夏の時刻表をめくっていると、夏休み期間に運転される臨時列車があちこちに運転されています。鉄道ファン的に気になっているのが、東北の三陸地方を縦断するリアスシーライナー号で、下り列車の場合は宮城県仙台を10時頃にに出発して青森県八戸に着くのは18時すぎ。この長時間の運転に挑戦している猛者もいるようです。

Photo_2

『JR時刻表2009年6月号』より

興味はありますが、さすがに全線はお付き合いしかねます。さわりだけでも味わえるのが仙台から気仙沼を結ぶ快速南三陸号で、仙台から2時間ほどの気仙沼線の気仙沼まで走っています。気仙沼線の志津川からは海の景色も味わえるなかなか魅力的な路線です。いつかはリアスシーライナーに乗ろうという思いはありますが、まずは陸前・陸中・陸奥の前半戦の陸前海岸を走る列車に乗ることにしました。

小牛田までは東北本線を快走し、小牛田からはいよいよ三陸ローカル線の旅です。小牛田から石巻線をちょっと走って前谷地からいよいよ気仙沼線です。ところが前夜から徹夜で出発した私は、止せば良いのに仙台で朝からビールです。見事に睡魔に襲われて、気がつけば終点の気仙沼到着を告げるアナウンス。時にはこのような失敗もあります。

01

気仙沼では人気商品らしい秋刀魚を使った弁当を食べます。季節外れでは有りますがなかなか美味いです。ただ秋刀魚の脂の臭みを消すにはやはりビールです。止せば良いのに昼からビールです。今回は居眠りせずに盛駅へ。さらに乗り換えて陸中地方の中心地、宮古へと足を進めていきます。

2009年8月 7日 (金)

日本海倶楽部への道のり(番外:のと鉄道)

今回の日本海倶楽部への道のり、以前には「のと鉄道」が通じていましたが、残念ながら、2005年3月末をもって廃止されてしましました。当時の路線図を見ますと、能登半島の先端ちかくまで通じていたのですね。

007_2

 

私はこの路線に1度だけ乗ったことがあります。その時の記憶は・・・残念ながら覚えていません。車窓に見える海を見ながら居眠りしていたのかも。012_rj

今回のバス旅では車中から、使われなくなった駅舎や線路が見えました。もう一度乗りたいと思うけど、もう列車が来ないホームです。

2009年7月28日 (火)

日本海倶楽部への道のり(その1)

日本のビール巡りをしている私。特にブルワリーの現地訪問にかけては、私以上の存在は館長さんだけだと思っていました。多くのブルワリー訪問のサイトやブログを拝見しても、数年前に行ったよ!と思うばかり。そんな私の自信を打ち砕いたのは、「ビール紀行~旨いビールを求めて~」というブログでした。私が未訪問の日本海倶楽部を堂々と紹介しているではりませんか!。これは悔しい!。意味の無い悔しさですが、これが今回の訪問の最大の動機です。富山のビアフェスに行った翌日に、日本海倶楽部を訪ねることにしました。

と、意気込んでみたものの、富山のビアフェスでしこたま飲んで、私の雇主と一緒に寿司を食べて、さらに独りでちびちび飲んで、その日は富山にお泊り。地図で見ますと富山県と、日本海倶楽部のある能登半島はお隣り。安易な気持ちで現地までのプランを考えていたら、想像以上に遠いことが解りました。

001

この建物にたどり着くには、どのような道のりが必要なのか?。とにかく、早起きして基点となる金沢へ向かいます。

2009年6月11日 (木)

新幹線のグリーン車

先日行われたCraft Beer Party。とても楽しいイベントでした。ただ開催開始は13時、送迎バスは犬山駅に12時という時間設定は、東京9時の「のぞみ」に乗れば大丈夫なのですが、新幹線には乗り慣れず、いつも格安系の交通手段ばかり使っている私には何を使ったらよいのか迷います。もちろんコスト的な面もあります。使ったのはJR東海ツアーズの「ぷらっとこだま」のプラン。各駅停車の「こだま」限定ですが、割安に設定されています。ただこだまですから時間がかかります。のぞみなら1時間30分を倍の約3時間。それならばゆっくり座っていこうとグリーン車を選びました。

Crw_9179_rj

(鉄ちゃん的には)700系ですから、こだまといっても使っている車両はひかりものぞみも基本的には一緒。幅が広いシートと、やや暗めの照明の車内では、気分はエグゼクティブです。車内でゆっくりして寝不足の足しにしようと思っていましたが、興奮してしまい、全く眠れませんでした(笑)。

2009年4月10日 (金)

犬山まつり

先日、犬山まつりに行ってきました。犬山といえば国宝の犬山城に城下町が広がり、春には山車が練り歩く祭りが開催されます。現地に住んでいる友人が、見物に来ませんかと誘ってくれました。

02

からくり人形が仕込まれた山車が、祭りの最中に街中を引き回されます。それを特等席から、ビールを飲みながらの見物です。

03

毎年、桜の時季に重なります。

山車を奉納する神社の桜が満開。きらびやかな山車との組合わせは見事です。場所を提供していただいた友人の感謝です。

2009年4月 4日 (土)

鳥海山

車窓から見える山の、雄大な景色には目を奪われます。今回のコースの鳥海山はそのひとつ。

Photo_2

残念ながら山頂に雲がかかってしまい、山体全てがバーン!ではないですけど、車窓に大きく広がる鳥海山が、列車の移動とともにゆっくりと姿を変えてゆく、映画をみているようでした。

2009年3月27日 (金)

路線バスの旅も楽しい

鉄道路線で、山陰地方と瀬戸内側の山陽地方を結ぶ、いわゆる陰陽連絡線は数ルートが整備されていますが、それぞれの最大都市である出雲地方と広島を結ぶルートは全くと言ってよいほど整備されていません。路線図を見ますと宍道から木次線に乗り、備後落合から芸備線に乗るのが最短ルートのようですが、それぞれの運転本数が少なすぎて、実際に使うのは殆ど不可能です。

という訳でバスのお世話になりますが、高速道路も整備も今ひとつのエリアなので、延々と一般国道を走るようです。今回私が利用したのは島根県の出雲市から広島県の三次市までですが、ついに高速道路を使いませんでした。ただ、この路線バスの旅が楽しくなかったわけではありません。むしろ単調になりがちな高速道路のバス路線より面白かったです。地形に沿って高度を稼いでいくので、日本海側に注ぐ河川の一緒に上っていくのですが、河口の出雲市から段々と川幅が狭まっていく様子は、河川の成長を景色と一緒に遡りしているようです。運良く指定された(自ら指定した?)席が1番A席だったので、前面展望と運転手さんの動作がばっちり見えて、2時間ほどのバス旅を大いに楽しませていただきました。

Jr

画像は途中の道の駅で休憩するバスたち。左は私が乗った出雲市→広島のJRの路線バス。右は松江→広島の一畑バスです。他にも広島→松江の広電バスが休憩していました。

023_rj

こちらは途中で停車したJRバスの赤名“駅”。国鉄時代の雰囲気が残っています。

2009年3月12日 (木)

東北の温泉巡り:肘折温泉

山形県の肘折温泉への道は遠い。新庄からバスで1時間かかるという時間的な隔たり以上に、時に峠越えの山道を、時には雪原の道を走るので、秘湯のイメージを強くさせています。最後の峠を越えて眼下に広がる小さな温泉が肘折温泉なのです。

01

細い道に沿って温泉宿が建ち並んでいます。多くの建物が「高層化」されているので雰囲気は今ひとつですが、1軒だけ昔ながらの雰囲気を残している温泉宿がありました。いつか泊まってみたいです。

02

私は共同浴場を使わせてもらいました。建物はごく普通のものですが、この普通さが良いのです。日曜日の午後なので温泉街は落ち着いていて、地元のオッサンばかりが利用していました。

03

温泉街のはずれに現代風の温泉施設があります。シャンプーやボディソープ、シャワーを備えたスーパー銭湯ですが、浴室に注がれている湯は肘折温泉そのものです。私のようにほとんど手ぶらで訪ねる旅行者には、重宝する施設なのです。もっとも肘折温泉に手ぶらで訪ねる方はあまり居ませんけどねー。

2009年2月28日 (土)

東北の温泉巡り:湯沢市院内ほっと館

汽車旅をしていると、駅近くの温泉に入ることが多いです。先日紹介した鹿児島県吉松駅前温泉などはその典型。熊本県人吉市のように街中に点在する共同浴場も便利です。汽車旅の途中で疲れや汚れを流すには重宝します。決して秘湯ではないので、それっぽい雰囲気を求める方には不十分かもしれませんが、単調になりがちな汽車旅のアクセントにもなります。

02_2

先日訪ねたのは奥羽本線院内駅から徒歩5分ぐらいにある、湯沢市のリフレッシュ交流センターほっと館です。名前から想像する通り、雰囲気のある老舗温泉旅館ではなくて、ごく普通の公営の立ち寄り温泉施設です。観光客が集まる場所でもないので、地域の方たちの利用がほとんどのようです。露天風呂こそないものの、窓越しに雪見が出来ます。

01_2

それにしても、秋田県、奥羽本線院内駅、という条件は、東京に住んでいるものには、とても遠い場所という印象があります。このエリアでも特に雪深い場所でもあるので、冬はその印象を強くします。私はそのような場所を敢えて訪ねるようにしています。

2009年2月27日 (金)

東北の温泉巡り:銀山温泉

山形県の温泉紹介の第2弾は銀山温泉です。場所は尾花沢市でJR大石田駅から小1時間のバス旅になります。

温泉街が景観保存に指定されているので、バスは街中に入れずに少し手前から歩くことに。凍結した下り坂に足をとられながら、歩くこと5分ほど。目の前に観光ポスターなどで見慣れた景観が見えてきます。

01

この銀山温泉の雰囲気を使って、NHK連続ドラマ「おしん」のロケが行われました。

銀山温泉は、その有名と比べて規模は小さく、端から端まで歩いても5分とかからないでしょう。それでも沢ぞいに木造の旅館が建ち並び、その中を歩いていると銀山温泉がほぼ今の姿になった昭和初期へと時代が戻ります。

02

温泉街のほぼ中心地に共同浴場があります。銀山温泉の規模に合わせたかのように、とても小さなもの。熱めの温泉が注がれています。ぬるめの湯が好みの私は、時おり雪が吹き込む窓際に行ってほてりを冷まし、お湯に入って温まるの繰り返し。汗をたっぷりかいて、狭い温泉街をぶらぶら歩きながら行ったりきたり。様々な様式の木造旅館が並んでいます。雪化粧しているので、雰囲気はとても良いです。

04_2

すこし体が冷えてきたので、再び共同浴場へ。温まってから食事をして、食後の共同浴場へ。出たり入ったりの繰り返し。贅沢な時間です。

2009年2月25日 (水)

東北の温泉巡り:かみのやま温泉

1月2月に東北の温泉を集中的に回りました。ビール巡りを主旨の一つとしているこのブログの雰囲気とは外れるかもしれませんが、少しずつ紹介しておきましょう。第一弾は山形県のかみのやま温泉です。

小さいながら城下町のかみのやま温泉の町は、上山城を中心に町並みが広がり、あちこちに温泉が湧いていて、温泉旅館やホテル、そして共同浴場が立ち並んでいます。日曜日の朝に現地に着いた私は、浴場巡りをすることにしました。

01

まず訪ねたのはかみのやま温泉の共同浴場を代表する下大湯公衆浴場。施設は、失礼ながら、ボロい。お隣の建物も古びています。でも鄙びた雰囲気が、地域一帯の雰囲気に合っています。丁寧に清掃されているので不潔感はありません。日曜日の朝だったので、いかにも地元の方が大勢利用されていていました。20畳ほどの湯船にお邪魔して、斜めの光がさしこむ浴室でまったりしていました。

温泉で温まり、町並みを散歩します。城下町ですから武家屋敷の一帯もあります。家老職クラスの武士の家ですが、町の規模に合わせてこじんまりとしたもので、現在も居住されているので非公開ですが、手入れされた庭先の木々は格式を感じさせます。

06

湯上りに町歩きをしたので、体が冷えてきました。ぶらぶらと歩いていれば再び共同浴場の看板が目に入ります。駅近くの二日町共同浴場へ。八幡神社の裏手にある共同浴場は建物が新しいので、ごく普通の銭湯のようです。この普通さが良いのかも。

05

町並みを横切る荒町川の流れに面して大きく開けらえた窓から日差しが燦燦と入ってきます。先ほどの下大湯公衆浴場とは陰陽が好対照で、好みが分かれるところ。もっともこちらも地元の方向けの公衆浴場なので、番台に座っているお婆さんの深い皺と、難解な山形言葉は共通しています。

湯船は6畳ほどのものが2つ。1つはやや熱め、1つはぬるめのジェットバスになっているのは現代風です。湯船の縁に腰掛けてまったり。温まって極楽気分です。

2009年2月 3日 (火)

肥薩線の駅

肥薩線には多くの木造駅舎が残っています。明治時代の開業と同時に、もしくはその頃に建てられたと思われるような、長年の風雪耐えた駅舎が今なお現役です。

054_rj

鉄道の駅舎の、建物としての特徴は、間口と奥行きがアンバランスなこと、庇が大きく張り出していることなどです。大畑駅などはその典型です。

051_rj

矢岳駅は、大きな駅舎の下に木造のベンチ。かつては列車を待っていた人が居たのでしょう。こちらは近年に改修されたようですが、高い天井とが良い雰囲気を出しています。

真幸駅は、以前は枯山水の文様で有名でした。「真の幸せ」に通じる駅名なので、記念写真を撮る方も多いようです。残念ながらこれらの駅は無人化されていますが、綺麗に清掃されていて荒れていないのは嬉しいこと。時間に余裕があれば各駅を訪ねてじっくり観察したいところですが、何せ運転本数が少ないので、いつも停車時間にさらっと見るだけになっています。

大畑のループ線

肥薩線の見所のひとつ、大畑のループ線です。線路を螺旋状に敷設して、高度差を稼ぐ方法です。日本の鉄道路線では全国に6箇所ありますが、周囲の雰囲気は肥薩線の ループが一番良いでしょう。

053_rj

こちらにも線路脇に案内の看板が設置されていて、列車は一時停止します。遠くにはこれから通る線路が光っていました。

2009年2月 2日 (月)

肥薩線の汽車旅の魅力あれこれ

肥薩線には汽車旅の魅力が詰まっています。その一つは日本3大車窓の1つに数えられている雄大な景色です。吉松から急坂を登って、だんだんと景色が開けてきます。遠くに標高1700メートルの韓国岳を中心とした山々、手前には川内川の流れと京町温泉の町並みが見えています。天気の良い時期には遠くに桜島も見えるとか。

列車はこの場面で一時停止して景色を楽しませてくれるのですが、私の下手なカメラでは上手く伝えられません。線路際に設けられた看板を紹介します。

006_rj

3大車窓とは北海道の狩勝峠、信州の姨捨、そしてこの九州の肥薩線です。そのうち狩勝峠は線路の付替えで美しさが失われたと聞いています。肥薩線は明治時代に先人達の苦労の末に開通した時のままの車窓を見せてくれます。

2009年1月21日 (水)

石橋記念公園

鹿児島市内に石橋記念公園があり、古い石橋が3つ保存されています。以前に市内の甲突川に架かっていたのですが、豪雨で被害を受けたため、この地で復元、保存されたのです。

01

こちらはメインの西田橋。石造りの見事なアーチが連なっています。背景にはもちろん鹿児島のシンボルの桜島がバーン。

02

橋の下は親水公園になっていて、子供達の水遊び場になっています。

04

西田橋と合わせて、西田橋御門が復元されています。大河ドラマ『篤姫』のロケでも使われましたから、御覧になられた方も多いのではないでしょうか。

03

こちらは3つの石橋のひとつ、玉江橋。こちらも良い雰囲気です。他にも高麗橋があります。

2009年1月16日 (金)

宗太郎越え

青春18きっぷで旅行していると、運転本数が極端に少ない区間、時刻表上の難所に出くわします。少ない列車の時刻の合わせて、前後のスケジュールを組み立てる、これが行程作成上の腕の見せ所です。

今回の旅行での最大の難所は日豊本線の佐伯から延岡の、大分県から宮崎県の県境区間です。この区間を越える普通列車は1日にわずか3往復。全国屈指の難所中の難所であります。私が選んだのは下りの“第2便”、大分1547→1833延岡の列車です。

この区間は、途中に宗太郎という駅があることから、鉄道ファンからは宗太郎越えと呼ばれています。蒸気機関車が活躍した頃には好撮影地として多くのファンが集まりましたが、今では訪れる人も少なくなってしまいました。

近年、鉄道趣味では別なジャンルから注目されています。それは秘境駅巡りというジャンルで、人里はなれた場所にある、駅以外に何もない駅を「秘境駅」と名付けて、それらを巡る、鉄道趣味でも割と新しいジャンルです。火付け役になったサイトを紹介しておきましょう。

http://hp1.cyberstation.ne.jp/hikyoueki/

これから越える宗太郎は秘境駅ランキングでは44位。

たまたま上下列車の交換があったので、列車から降りて周囲を見回してみましたが、駅と列車の灯りだけで、他には何もない、山間の小駅でした。

007_rj

2009年1月15日 (木)

ゆふいんのもり

伊勢角屋ビールから一気に九州へ。

JR九州のゆふいんのもりに乗車しました。特徴のある外観は、格好の記念撮影の相手になっているようです。客室乗務員さんはカメラマンになっています。

006_rj

私もお願いして1枚撮っていただきました。見苦しい人物が写っていますが(笑)、紹介します。

005_rj

JR九州では他にも特徴的な特急列車が活躍しています。たとえばこちら。

Photo_2

ドイツのICEではなくて、主に長崎ゆきに使われている885系です。他にもソニックこと883系、つばめ、ハイパーサルーン、等など、乗っているだけで楽しくなる列車がいっぱいです。

2009年1月13日 (火)

伊勢神宮へ

今まで私にとっての「お伊勢参り」とは、伊勢角屋麦酒に行くこと。神社仏閣に興味がないわけではないのですが、スケジュールの関係で外宮に参拝しただけでした。

01

さすが、日本でも有数の神社です。境内の雰囲気はとても良し。

02

不浄な私は、奉納された清酒に目を奪われてしまいました。三重県にもこんなに銘柄があるのですね。

2009年1月 8日 (木)

只見線

正月休みは九州に行くのだ!、と周囲の方々に宣言していましたが、元旦の早朝には東北へと旅立ってしまいました。

目指すのは福島県会津若松と、新潟県小出を結ぶ只見線です。思い切りローカル線ですが、四季折々の景色を楽しめるので、鉄道ファンには人気のある路線です。特に雪に閉ざされる冬はとても良し。不通になる場合も多い只見線に、新年早々に訪ねる私もアホだとは思いますが、私の2009年の汽車旅の始まりには相応しい路線でもあります。

060_rj

画像は名前の由来になっている只見駅で小休止する列車。

雪が小降りだったので、乗客も休憩がてら車外に出て一休みです。これから峠を越えて新潟県へ抜けていきます。

2008年12月30日 (火)

小田原温泉「八里」

スワンレイクビールに行った翌日はお休み日。中途半端に時間が有ったので、午後から箱根方面へお出かけしました。

出発が遅かったので、小田原に着いた時点で日が落ちてしまい、いわゆる箱根へ行くのは諦めて、入口の小田原温泉「八里」へ。最寄りの風祭駅から徒歩数分、国道沿いの騒々しい場所にありますが、建物はとても地味で、民家?と思ってしまいます。温泉の方も地味ですが、加熱されているとはいえ、豊富な湯が惜しげもなく湯船に注がれています。透明な湯は、清掃が行き届いた施設とともに、とても清潔感があります。道路からの騒音もBGMと割り切ってしまえば、とてもゆっくり出来るのです。隠れ家的な雰囲気もあるので、私のお気に入りの温泉のひとつです。

2008年12月25日 (木)

越後湯沢のぽんしゅ館

越後湯沢駅には新幹線の高架下を使って、「えちごのお酒ミュージアム」のぽんしゅ館が設けられています。実態は土産物屋の集合体ですが、場所が良いのでいつも賑わっています。

場所の一番奥には日本酒の試飲コーナーが設けられています。

越後の96の代表銘柄が全てきき酒できるこの幸せ!

この宣伝文句の通り、壁には日本酒の自動販売機がずらり。コインを挿入するとお猪口1杯分の日本酒が注がれるシステムです。

03_2

注ぎ口には簡単な解説が書かれていますが、これだけ数が有ると迷ってしまいます。そんな時は店員さんに尋ねてみましょう。詳しすぎる解説とともに、自分の希望に合う銘柄を教えてくれます。

あくまでも試飲スペースなので、おつまみの提供はありませんが、展示販売を兼ねて、全国各地から取り寄せた塩が試食出来ます。

02_2

塩を舐めながら酒を飲む、健康的には???でしょうけど、酒飲みにはたまらない組合せです。

もう一つ、地元の味噌が提供されていました。

Photo_3

この味噌がなかなか良し。私は何度も試食してしまいました。ただ味噌の風味が勝ち過ぎて、辛口の味付けが多い越後のお酒とのマッチングが今ひとつ。味噌はほどほどにした方が良いのかもしれません。

2008年12月24日 (水)

越後湯沢にて

先日、新潟方面へ行って来ました。

私にしては珍しく余裕ある日程だったので、途中の越後湯沢で途中下車します。雪降る景色を眺めながら散歩でもしようかと思っていたのですが、見事に雪は全くありませんでした。地球温暖化?かはわかりませんが、ガーラ湯沢をはじめ越後湯沢エリアのスキー場が軒並み営業中止に追い込まれている現状は、地域経済に大きな影響を与えてしまっているようです。

駅前の江神共同浴場で休憩。特徴ある泉質ではないけど、清掃が行き届いた施設はとても気持ち良し。すっかり長湯してしまいました。

2008年11月23日 (日)

冬旅行の時刻表を買う

年末年始の旅の計画を立てるために時刻表を購入しました。私はJR時刻表の大判を愛用しています。旅行中に持ち歩くのは勿論ですが、私は通勤の途中の車内で構想を練っているので、どうしても時刻表が傷んでしまいます。そこで時刻表をビニールテープで補強しています。いつの間にかこの作業が私の旅行スイッチを入れる儀式のようになっています。本格的な旅行スイッチが入るのは12月10日。年末年始は何処へ行きましょうかねぇ。

2008年11月 5日 (水)

湘南色

一昔前までは湘南色の車両があちこちに走っていました。この塗りわけは戦後間もない1949年に東海道線でデビューした80系車両がその発祥で、静岡県のお茶の緑とみかんのオレンジ色からイメージしています。

169

国鉄時代には関東から本州西端の下関まで活躍していた湘南色ですが、車両の引退で今では殆ど見ることが出来ません。オラホビールを訪ねた際に乗ったしなの鉄道では、リバイバル塗装として懐かしい姿で快走していました。ステンレス車体で金属肌むき出しの車両が多い中で、とても美しく感じてしまいましたよ。

2008年11月 1日 (土)

田沢湖ビール

先に鷹ノ巣から乗った秋田内陸鉄道の終点は角館です。角館といえば武家屋敷で有名です。たまたま私が行った日は秋祭りが行われていて、駅前の観光案内所には飾りつけが行われていました。

011_rj

観光地としての角館に興味は有るのですが、私はやはり田沢湖ビールです。駅から送迎バスの乗って10分ぐらい。何度も利用しているので運転手さんに顔を覚えられてしまいました。お兄さん、以前にも乗ったよね~って。施設の従業員の送迎バスを兼ねているので、途中からおばさんが乗ってきます。

013_rj_3

田沢湖ビールを訪ねるのは何回目だろうか。

場所がら流行っている店ではない、そこへいつも平日の昼間に独りで飲み放題コースを選んでいるのですから、顔を覚えられて当然です。あらお久しぶりです、と歓迎のお言葉。私は窓際のいつも席に座ります。

012_rj_3

ビールと一緒に頼むのはピザです。此処のピザは大きめなので、私はハーフサイズ。これもいつものパターン。

田沢湖ビールはケルシュが有名ですけど。私自身がケルシュというビールの良さが今ひとつ解っていない。他に有名な大沼ビール、そしてケルンのビールを飲んだけど、今ひとつ解らなかったといのが正直なところです。それよりは中濃色のビール、特にアルト以外のビールの出来が良かったなーと思いましたね。

田沢湖ビールをたっぷり飲んだ後に、となりの温泉施設でまったり。酔って風呂に入るのは危険という意見も有りますが、此処で死んでもあまり悔いはないのです。それが至福の時間なのですから。

2008年10月30日 (木)

杉林をゆく秋田内陸縦貫鉄道

大館に泊まったのは、翌日に秋田内陸縦貫鉄道に乗るためです。この路線の場所が解る人は少ないでしょうね。秋田県北部の鷹ノ巣から南部の角館を結び、文字通り秋田県内陸部を走る第三セクターのローカル私鉄です。

011_rj

沿線の杉林がとても美しいのですが、沿線の人口は多いとは言えません。典型的な赤字ローカル線の状況で、その存続が問題視されています。いつ廃止されてもおかしくない路線です。乗客は、朝の通学時間が終わったので、地元のじーさんばーさんばかり。私が最年少(^^)という状況でした。

009_rj

行き違いのために、阿仁前田駅で休憩です。この駅には温泉施設「クウィンス森吉」を兼ねています。以前に入ったことがありますが、かなり濃い塩水泉でした。

008_rj

再び杉木立の風景です。

雪深い地域なので、冬の景色も良さそうです。もう一度乗りに行きたいですね。

大館の鶏めし

五能線に乗った日は大館に泊まりました。大館駅近くのビジネスホテルに泊まりましたが、駅とその周辺は、中心地から外れているので、それ以外の施設は全くなく、夜の飲食にも不自由してしまいます。その日はホテル内の店でビールを飲んで寝ました。

さて翌朝の大館駅。通学の高校生たちが改札口から抜けてきます。全国あちこちで見かける光景です。

006_rj

大館駅にはもうひとつの名物があります。それは駅弁の「鶏めし」です。大館駅の対面に、駅と良い勝負の古ぼけたビルが建っています。この1階が鶏めしの調理場で、此処で直接に買うことが出来るのです。作り立てですから、駅弁にありがちな冷めた飯ではありません。甘めに炊き上げられたご飯には暖かさが残っています。駅で買わずに此処で買うのが通かも。

005_rj

通を気取って鶏めしを買っても、乗った列車は都会型のロングシート。駅弁を食べる雰囲気ではありません。自分の膝の上に置いても絵になりませんね。

007_rj

大館の鶏めしは美味しい!!。でもこの美味しさは米代川の流れを楽しみながら食べるから倍増されるのであって、この車内では魅力が半減してしまいます。せっかくの鶏めしが、いつもの朝めしになってしまいました。

2008年10月28日 (火)

五能線

あくらビールを訪ねた後は五能線の汽車旅です。

五能線は、秋田県北部から青森県の日本海側を走るローカル線です。JR東日本が、リゾートしらかみ、というクルージングトレインを走らせて宣伝していますので、ポスターを見たという方も多いでしょう。日本海の海岸線を延々と走る五能線は、夏の晴天なら日差しを思い切り浴びれますし、冬の曇天の空の下なら、日本酒と演歌が似合う車窓と、四季折々の表情を見せてくれます。私も好きな路線のひとつです。

さて今回は秋田から青森の弘前まで一気に乗り通します。本来ならリゾートしらかみに乗れるダイヤなのですが、使われている車両が検査に入っているようで、代わりに普通の車両を使った快速「海彦山彦号」として運転されていました。

02

鉄道ファンて的には、原色(首都圏色)のキハ48の2連、しかもタブレット保護枠を装備していて萌え萌えなのですが、旅行シーズンから外れていた平日でしたので、車内はガラガラでした。僅かなお客さんは思い思いの席に座って、今後の展開に備えています。

奥羽本線を1時間ほど走って、東能代から五能線へ。砂丘地帯?の秋田県側から青森県に入れば白神山地の山裾の、荒々しくて寂しい海岸の景色が続きます。

06

07

途中に観光スポットや温泉もありますが、五能線の最大の魅力は、この景色でしょう。夏の夕方の夕陽や、冬から早春の白神山地の神々しい姿も良いです。汽車旅的にはとてもお勧めです。

2008年10月24日 (金)

京阪電鉄京津線

先日のブログにも書きましたが、私は日本の鉄道路線を全て乗りました。

残念なことに、乗車した後に廃止された路線があります。仕方ないとは解っていても、廃止されてしまった線に限って魅力的な路線が多いのです。私の記憶の中で生き生きとした車窓の路線には、もう一度乗りたい!と思う。かなわぬ夢とは解っていてももう一度乗りたいのです。

私にとって、もう一度乗りたい路線の筆頭が、京阪電鉄京津線です。京都と滋賀県の大津を結んでいるから京津線。道路上の区間や、京都東山の山越え区間があったりと、路線の性格の変化が面白いし、使われている車両も可愛くてとても良かったのです。初めて乗ったのは1980年代の後半で、その魅力に取り付かれてしまいました。

06

京津線の西半分が、京都市営地下鉄の開業に伴い廃止されたのは1997年10月のことです。残った東半分の区間も逢坂山越えの急坂急カーブの区間や、浜大津付近に路面区間があったりと、とても面白い区間です。

05

路面区間に入れば、道路の赤信号で停車します。電車の前を人が横断していきます。

03 

西半分が失われたので、トータルの魅力は減少してしまいましたが、私は今でも関西に行く度に乗るようにしています。

2008年10月22日 (水)

京阪中之島線開業

このブログにはビールネタ、旅ネタを書いていたけれど、私は鉄道大好きの、いわゆる「鉄ちゃん」です。専門(笑)は汽車に乗ってあちこちへ出かける「乗り鉄」です。この「乗り鉄」も趣味としてのレベルが上がってくると、全ての路線を乗ってやろう!と目標を持つようになるのです。「乗り鉄」の中でも「完乗派」といわれる分野です。私も10年ほど前に日本の鉄道全線を乗ってしまいました。

全線乗り終えて、いわゆる完乗タイトルを獲得しても、それは完乗派にとっては趣味の終着駅ではなくて、むしろ果て無き線路への憧れの出発駅なのです。というのは鉄道路線は、今でも少しずつ新規の路線が開業しているのです。最近では東京メトロの副都心線が開業したのが記憶の新しいところ。これは東京なので乗りに行きやすかったのですが、今までのタイトル防衛の戦いなかでは、札幌の地下鉄が延長したとか、福岡で地下鉄が新たに開業したといった、ちょっと・・・と思ってしまう路線もある。果てには高知や広島の路面電車の終点が移動したので、0.05キロぐらいを乗り直しに行った、という時も有りました。その筋以外の人から見たら、アホか、と思われてしまいますが、本人達は真面目に面白く防衛戦に挑んでいます。

前置きが長くなりましたが、今回は大阪の私鉄、京阪電鉄が大阪市中心地に中之島線を開業させました。初日が日曜日なので、関西在住の完乗仲間と一緒に初乗りです。中心地の路線なので、全てが地下区間なのが残念なところ。開き直ってビール片手に乗車を楽しみます。

新線区間は10分程度なので、あっという間に終わってしまいます。終点の中之島では関西だけでなく全国から集まった鉄道ファンと、初乗りを楽しむ地元の方々で大賑わい。私も「撮り鉄派」の方々に混じって写真を撮ります。

01

今回の開業に合わせて、京阪電鉄は車両の塗装を変えました。事前に鉄道雑誌で見た以上に似合っているようです。でも古くからの京阪ファンには、こちらの方が良いでしょうね。

05

鉄ちゃん用語でいう、大目玉と骸骨テールランプ、ホロと前面窓、古い京阪電車のスタイルを今に残しています。

04

さて大阪中心地を東西に横断する中之島線には更に西へ延長する構想があります。それをアピールするように、線路の終点の車止めから先には、トンネル工事のオブジェが飾られていました。この先が伸びたら、また乗りに行かなければなりません。

2008年10月10日 (金)

小倉駅の立ち食いうどん

レトロ地区の夜景を楽しんで、食事はもちろん門司港レトロビールだ!、思っていたけど、満席で入れず。いったん小倉まで戻って店を物色するも、適当な店が見つからず。駅ホームにある立ち食いうどん屋さんが眩しく見えます。

018_rj

この立ち食いうどんのスタンド、由緒正しい名店なようです。創業○○年と(←メモ忘れ)とのこと。私が愛読している『クッキングパパ』にも紹介されています。

実際に食べてみると(←今回は食べていません)が、かしわがたっぷりのうどんは美味しいです。これで立ち食いうどんの値段ですから、小倉で時間が有った時には、ついつい立ち寄ってしまいます。

このかしわうどんは、小倉駅の7・8番ホームにあります。隣の5・6番ホームにはラーメン屋が営業していて、ホーム上は飲食店の激戦地だったりします。好みの店を選んで行くのは面白いですね。

2008年10月 9日 (木)

レトロ地区に行った理由

この書込みは、mixiのネタと重複しています。二度読みになった方はごめんなさい。

同僚M嬢が出発前に曰く、お土産楽しみにしています、スイーツ系をお願いします、と。職場の陰の実力者のお言葉を無視する訳にはいかない。でも土産を買う習慣が無いから、今まであちこちで土産物屋を眺めても、ふーんと素通りのままで、旅行は最終日。職場環境と自分のポリシー、どちらを取るか迷っていましたが、やはりM嬢に屈してしまいました。

博多駅のコンコースにはお土産物屋が並んでいます。お土産物の激戦地だから、意外にも内容的に良いものがたくさんあることは知っている。でも九州に行って来て、博多でお土産を買うのはベタすぎる。少しはずして門司港なら一風変わった土産物もあるだろう・・・・。門司港レトロ地区へ行ったのは、もちろん夜景の町並みを眺めるためだけれど、そのような目的も有ったのです。

で、行ってみると、バナナを素材にしたスイーツがずらり。「バナナの叩き売り」の発祥の地だとかで、その路線で売り出してるようです。これは良し!とバナナに焦点を合わせましたけど、普段から土産物には慣れておらず、適当に商品を選んだので、M嬢の歓心を得ることは有りませんでした。でも門司港とバナナ、思わぬ発見をしてしまいました。

門司港レトロ地区の夜景

温泉に入って、ゆふいんビールを飲んで、さらにゆふいんビールを飲んで良い気持ち。この日は九州から大阪への夜行列車に乗るけれど、時間に余裕がある。博多駅近辺で一献を考えたけど、そのまま北九州の門司港へ。門司港レトロ地区の夜景を楽しむつもり。

016_rj

まず、門司港駅に着いて思う。

この堂々たる幅の広いホーム。落ち着いた雰囲気は、さすがに九州の玄関口であった貫禄を見せています。

015_rj

もちろん重要文化財の駅舎も、素晴らしい姿をライトアップされています。昼間の堂々たる姿も良いけれど、夜にライトアップされた陰影のある姿も良いでしょ!。門司港駅の姿に惚れ惚れして、レトロ地区へ。

017_rj

こちらも良い建物がライトアップされていて、その姿はとても良し。海峡と大橋の組み合わせもバッチグー(←死語)。昼の町歩きも良いけれど、夜のレトロ地区もお勧めですよ。

2008年10月 8日 (水)

ゆふいんのもり

由布院を語ったならば、やはりこの話題を出さずにはいられない。

全国的にも有名な観光地の由布院と、福岡にはJR九州の観光特急「ゆふいんのもり」がん何本も運転されていて、魅力的な車両が使われているのです。

02

これは数年前の早春に乗った車両。

01

JR九州が誇る客室乗務員さんが迎えてくれます。

03

今回見たのはこの車両。以前には長崎方面で活躍していましたが、こちらに転用されたようです。小田急ロマンスカーのような展望席が特徴です。

ちなみに私が乗っていたのは、隣に移っている鈍行列車です(笑)。

2008年10月 4日 (土)

湯布院でお湯めぐり

湯布院駅はなかなか良い建物です。聞けば有名な建築家の作品のようです。駅舎にはギャラリーも併設されていて、発車待ちに立ち寄るにはちょうど良いです。

01

駅舎を出ると、この町のシンボル、由布岳がバーン。

02

さて由布院は湯の町でもあります。駅の観光案内所で「お散歩マップ」を貰って、町をぶらぶら。適当な温泉に入って旅の汚れを落とすことにしましょう。

とは言っても、この後に私のメインのゆふいんビールが待っているので、あまり遠くには行けない。郊外にはクアハウス的な設備もあるようですが、まずは駅前通りを歩いて、一番近くにあった共同浴場に入りました。

001_rj

いかにも地元の温泉です。表通りから建物の影になっているので、落ち着いた雰囲気です。昼間なので地元のお客さんがのんびり入っていました。私もお湯をいただきました。さていよいよゆふいんビールです。

2008年10月 2日 (木)

行縢山への道のり

お盆の規制ラッシュで、延岡のバスターミナルは大混雑。福岡方面への高速バスは増車に次ぐ増車で、観光バスタイプの車両まで使われていました。駅前ロータリーは送迎のクルマで大渋滞です。

そんな中で、ガラガラのバスが発車を待っていました。乗っているのは運転手と私だけ。行き先は行縢山。1日に2往復半しか運転されていない過疎路線です。それでもこのバス路線はしっかり全国版の時刻表に掲載されています。それは終点の行縢山登山口に「宮崎県むかばき青少年自然の家」という施設があること、それ以上に行縢山が地域信仰の対象になっているからで、ハイシーズンにはそれなりの乗客が有りますよ、と識者に言われましたが、乗客は書いた通り私だけでした。

行縢山の登山口までの路線ですから、バスが走る道路はそれなりの山道になります。

007_rj

途中で夕立にあって、しっとりした木立の山道は趣がありますが、寂しいものがあります。

008_rj

終点の行縢山登山口バス停の先は行縢神社の聖なる領域です。不浄な私は入れません。バスで登った道をとぼとぼと引返します。先ほど乗ったバスが下ってきました。これが今日の最終バスです。

009_rj

私が行縢山に近づいた目的は、ひでじビール行縢山醸造所を訪ねることでした。御神体の行縢山をバックに、醸造所が建っています。周囲の木々に囲まれて、自然環境は抜群です。

010_rj

今回は訪問することを予め連絡しておいたので、醸造担当の方々が出迎えてくれました。嬉しい限りです。

(続く)

2008年10月 1日 (水)

宮崎神宮で乗換え

酒泉の杜からの帰りのバス、このまま宮崎の中心地まで乗ってもバス停と宮崎駅は離れている。乗継時間も厳しいので、ここは一つの案を持っていた。それは宮崎神宮のバス停から、宮崎神宮駅まで歩くことででした。

発車前に運転手さんに確認すると、宮崎神宮の表参道にバス路線のちょっとしたバスターミナルがあって、表参道から東参道を行けば宮崎神宮駅まで15分ぐらいで行けるだろうとのことでした。

私は昼から酔っている不浄の身なので、神社の聖域には入らず、外周道路を歩いてショートカットして、10分ぐらいで宮崎神宮駅へ着くことが出来ました。

011_rj

着いた宮崎神宮駅は、通勤通学の自転車に囲まれた、ごく普通の駅でしたが、神社の最寄駅らしく鳥居の形をした駅名表が出迎えてくれました。

酒泉の杜⇔宮崎神宮バス停⇔宮崎神宮駅

というショートカットルートを発見して、実践して、一人で悦に入っていますが、実際に使う方は殆ど居ないでしょうね。私だけのこだわりということで勘弁してください。

2008年9月30日 (火)

酒泉の杜

なんて素敵な名前でしょう!!。

そんな名前を付けた施設が宮崎県綾町の郊外にあります。焼酎メーカーの雲海酒造さんが運営している酒のテーマパークです。酒泉の杜のゲートには、木樽を積んだモニュメントがお出迎えです。

01

施設の隣には雲海酒造の酒蔵、というより焼酎工場があります。そこで造られた焼酎がテーマパークの売店で販売されています。定番の手法ですけど、団体観光客や、併設宿泊施設の利用者が多く集まるので繁盛しているようです。もちろん試飲も出来ます。私はビールの前にウォーミングアップです。

03

他にもワイナリーやガラス工房、入浴施設があったりと、決して大規模ではありませんが、内容が充実しているのが、酒泉の杜です。

2008年9月26日 (金)

知覧の武家屋敷

特攻関連の話題を続けましたが、知覧は武家屋敷の景色も有名です。

このような古い街並みを売りにしている町はあちこちにありますが、知覧ほどの完成度の高い景色を見たのは初めてでした。

11_rj

バスなどが通る現代の道路がバイパス状に作られているので、1本入った武家屋敷の道はクルマは全く入ってきません。観光客はブラブラ歩きながら景色を楽しんでいます。

これって、結構重要なことで、古い町並みの雰囲気をを味わっている時に、クルマの音がすると興ざめなのです。でも武家屋敷といえども実際に住んでいる人がいます。道路には地元の方のクルマが入ってくる。町並み保存と生活道路としての機能、どう両立させるか、これは他の場所の町並みの共通の悩みであるようです。

10_rj

それはともかく、知覧の町並みは本物でした。完成されすぎて、今でも生きている屋敷というより、遊園地のアトラクションのようです。道路から眺める武家屋敷の前は綺麗に刈り込まれています。

09_rj

町歩きの道路と、武家屋敷を隔てている生垣を越えて内庭に入ると、見事な庭園が広がっています。こちらの方が本当の見所かもね。

2008年9月25日 (木)

知覧の富屋食堂

特攻隊関連の施設で、知覧の町の中ある富屋食堂は見逃すわけにはいかない。隊員の世話をしていた、鳥濱トメさんが営んでいた店です。建物は近年に復元されたもので、内部は資料館になっています。

08_rj 

2階には、やはり隊員たちの遺書が展示されています。こちらの方はプライベイトな遺書のようで、内容も生生しいです。再び涙が流れます。

ただ、建物の中に掲げられている鳥濱トメさんの表情が、とても穏やかだったのが印象に残りました。隊員たちはこの笑顔を見ながら、最後の数日を過ごしたのでしょう。戦後のトメさんは、特攻隊員の冥福を祈り続けていました。平成4年にトメさんは亡くなりましたが、天国への道には、1000機以上の特攻機が迎えに来たのでしょう。

知覧へ行く

枕崎から加世田経由で知覧へ。

知覧という町は規模は小さいものの、武家屋敷、お茶、そして特攻と、見所たくさんの町のようです。以前から行きたいと思っていて、今回やっと実現しました。まずは特攻関係の資料がある知覧特攻平和記念館へ。バスターミナルからやや離れた丘の上にあるので20分ぐらい歩く。その道ぞいにずっと灯篭が並んでいます。

05_rj

場所がら、特攻隊の勇士達を慰霊するものだと解ります。灯篭にはあどけない子供のような表情の勇士が刻まれています。それが延々と続いています。聞けば知覧から飛び立って行った勇士たちと、ほぼ同じ数の灯篭が知覧飛行場を中心にして、特攻隊の遺族や関係者、知覧の町の有志によって建立されたものだそうです。延々と続く灯篭の道。特攻の時代を知らない私にはやや滅入ってきたのが正直なところです。

06_rj

知覧特攻平和記念館の入り口は、見事な桜並木が続いています。春には見事な桜のトンネルになっているでしょう。

私が訪ねた日は、お盆休みの真っ最中。家族連れが観光施設の一つとして訪ねています。そんな雰囲気の中で知覧特攻平和記念館を訪ねたのは無理があったかもしれない。物心付く前の子供が館内を歓声を上げて走り回っている。でも大多数の老若男女は、館内掲示物のメインである、特攻隊の勇士が書き残した遺書を読んでいます。

これらの遺書は出撃直前に隊内で書かれた、いわばオフィシャルなもの。「敵を撃滅」とか「万歳」という勇ましい文字が並んでいますが、よく読んでみると、育ててもらった父母への感謝の気持ち、故郷の思い出を綴った文章が並んでいます。私は涙を流してしまいました。私だけではないようで、隣の若いカップルも、老夫婦もハンカチで涙をぬぐっています。

特攻という戦術を、今の視点や価値観で否定するのはたやすい。でも知覧から出撃した勇士だけでも1000人以上。海軍部隊として主に大隈半島の鹿屋から出撃した人数を含めると、数千人の若者が飛び立ってゆき、そして帰ってきませんでした。この現実をどう受け止めるかは、記念館を訪れた全ての人が深く考えるべきことでしょう。

2008年9月24日 (水)

加世田駅のベンチ

バスの乗継ぎで、加世田に戻ります。加世田は南薩線の車庫などが置かれていた中枢でした。初めて私が訪ねた四半世紀前には廃車になった車両が放置されていて、鉄道の墓場と思わせる雰囲気でしたが、今ではバスターミナルやショッピングセンターになっていて、かつての面影は薄れています。バスターミナルのロータリーに錆だらけの蒸気機関車が置かれていること、バスターミナルの片隅に南薩線の資料館があるのが、せめてもの慰めでしょう。

04_rj   

暑いのでバスターミナルの待合室で休憩。建物は新しいのですが、古い無骨なベンチが置かれていました。気になって尋ねたら、やはり南薩線の加世田駅で使われていたものだそうです。廃止されてから四半世紀ですから、このベンチが作られたのは何十年前でしょうね?。何度もペンキを塗られて、使われるたびに擦り切れて剥がれる。それを繰り返したベンチは、産業遺産として注目されることもなく、朽ちて壊れるまで使い続けられるのでしょう。

2008年9月22日 (月)

枕崎へのルート

城山ブルワリーを訪ねた日は鹿児島に泊まり、翌日は本州最南端の枕崎へ。焼酎メーカーが造るビール(発泡酒)があるのです。

ところで鹿児島から枕崎へ行くには、私のような汽車旅派なら指宿枕崎線を使いたいのです。開聞岳の眺め、JR最南端の西大山の雰囲気など、汽車旅の愉しみの要素が多く詰まっているのですが、運転本数が少ない上に、ビール巡りには使いづらい設定になっています。仕方なくバスを使うことになりました。でも最後の私のこだわりとして伊集院から枕崎へのバス路線を選びました。かつて同じルートを鹿児島交通の鉄道路線が走っていたからです。03_rj

鹿児島交通、地元では南薩線と呼ばれていたようですので、これからもそう記します。薩摩半島西側の交通を担ってきた南薩鉄道が廃止されたのは昭和59年春のこと。私は最晩年の昭和58年の夏に乗っていました。画像は伊集院駅。自家用車が駐車している場所が南薩線のホームの跡です。

伊集院からバスに乗って、車内から廃線跡めぐりです。所々に見える廃線跡は25年前の乗った記憶を蘇らせます。南薩線は実に味わいのある路線でした。鉄道路線を人生に例えるなら、私が訪ねたのは最晩年の頃で、栄華の残滓があちこちに残っていました。高校生の頃ですから、授業で習った『平家物語』や『荒城の月』と重ねていたようです。

2008年9月20日 (土)

吉松駅前温泉

吉松駅は、乗換え駅として何度も利用したことがある。その際にいつも気になっていたのが、吉松駅前温泉です。文字通り駅前にある温泉です。

21

建物は数年前に建替えられたようで、まだまだ新しさが残っています。泉質は、きわめて平凡なものでした。それが悪いという訳ではなく、この温泉を紹介した雑誌の文句を使わせてもらうと、「平凡だけど癖になる温泉」です。また入りに行きたくなるような温泉でした。

吉松駅の国鉄情景

前項にも書きましたけど、吉松は鉄道の町でありました。現在の吉松駅は時代に残されたような、国鉄時代の情景が残っています。

01

古いレールで組まれた上屋。ホームにある駅弁の売店。一昔前までは何処の駅でも見られましたね。

02

こちらはホームの端にあったサボ置き場。今の若い鉄道ファンにサボと言っても解らないかな。

2008年9月19日 (金)

肥薩線の駅

肥薩線の山越え区間には、大畑、矢岳、真幸の3つの駅があります。山越え区間なので利用客は少なく、どれも秘境駅の上位にランキングされています。

※秘境駅とは、人里はなれた場所にひっそりある駅のことで、鉄道旅行のひとつのジャンルとして注目されています。このサイトを参考にしてください。

http://hp1.cyberstation.ne.jp/hikyoueki/

残念ながら全ての駅は無人駅になっていますが、山間に残された駅舎は、とても良い雰囲気なのです。

01

まずは大畑駅。

スイッチバックとループ線の組合わせは全国ここだけ。駅舎も渋いです。典型的な木造平屋建ての駅舎ですが、今となっては希少価値もありますね。構内には桜の大木が植えられていて、春には花見客のすがたも見られます。また肥薩線の工事で殉職された方の慰霊碑も建っていて、列車の運行を見守っています。

次は矢岳駅

02

中間駅で、両隣のようにスイッチバックではないので、今ひとつ影は薄いですが、駅舎は矢立駅が一番良し。平屋ながら高い屋根と、堂々たる軒先。漆喰の壁に格子窓がとても良い雰囲気です。長いベンチシートに木製の改札枠泣かせます。

03

そして真幸駅

05

こちらも大畑駅と同じくスイッチバックの駅です。人吉から「いさぶろう」で進んでいきますと、真幸駅に着く直前に駅全体を見渡せます。

かつてホームに敷かれた玉砂利を使って、枯山水風の文様を描いていました。今では無人化されて見ることは出来なくなりましたが、ホームをはじめ綺麗に清掃されています。これらの3駅ではJRの職員や地域ボランティアの方々が定期的に整備しているようです。真幸駅では農協?の出張販売が行われることもあるようです。

06

真幸駅は、その名が「真の幸せ」とも読めるので、駅名表の前での記念撮影が大人気です。 駅には絵馬を掲げる場所があって、結婚や出産祝いなどの絵馬が多く掲げられていました。入場券も人気があるようです。真幸駅は無人駅なので近くの人吉駅や吉松駅で販売されています。通信販売も受付けているようで、私は近々結婚する友人のために、記念日の日付を入れた入場券を注文しました。

肥薩線の「いさぶろう」

肥薩線の人吉から吉松までは山越え区間です。日本3大車窓と言われるほどの景色が素晴らしくて、観光列車の「いさぶろう」と「しんぺい」が運転されています。車内ではJR九州の客室乗務員が観光案内をしてくれます

001

車内はこんな感じ。車両の中央部にフリースペースが設けれていて、足元まで大きく窓が開けられています。車窓を楽しむにはこちらが良いです。

002

外から見ると、こんな感じ。私が買った缶ビールが写っています(笑)。

003_2

途中駅では停車時間が取られていています。

駅舎を眺めたり、記念写真を撮ったりと、観光列車での肥薩線の旅を楽しんでいるようでした。

2008年9月17日 (水)

人吉で温泉に入る

話は一気に九州へ。夜行列車で博多に着いて、そのまま乗り継ぎを重ねて熊本県の人吉へ。ホームでは民芸品の「きじ馬」がお出迎えです

21_rj

人吉では乗換えで待ち時間がある。ここは温泉めぐりをしましょう。下の写真は昨年行った、その名も人吉温泉。名前から人吉を代表する温泉施設かと思ってしまいますが、ごく普通の共同浴場です。あまりにも普通なので気持ちが良いです。

23_rj

今回は中央温泉を使いました。駅から歩いて5分ぐらい。大きな建物の影になっていて目立たないですが、構えはなかなか立派です。こちらも入浴料が300円なのは嬉しいところ。

22_rj

浴室は岩風呂風になっていて、クラシカルな趣があります。昨年の人吉温泉と同様にごく平凡な温泉です。温泉は単純泉なのかな?。白く濁っているとか、温泉成分が浮遊しているとか、そんなことはありません。でも湯船は広々として、かつ清掃が行き届いているのは嬉しい限り。

旅の汚れを落として、九州の鉄道の難所、矢岳越えに挑みます。

2008年9月 4日 (木)

長浜鉄道スクエア

この夏3度目の西日本旅行。早朝に東京を出て、さて何処へ寄ろうか。あれこれ考えているうちに西へ西へと進んでしまいました。正午を過ぎてお腹も空いてきたので、ちょっとだけ寄り道して長浜へ。

18_rj

長浜は豊臣秀吉が築城した長浜城の城下町。古い町並みを残している一角もあります。鉄道ファン的には、現存する最古の駅舎として長浜駅が保存され、博物館の「長浜鉄道スクエア」として公開、展示されています。駅舎好きの私としては以前から訪ねたいと思っていました。現在の北陸本線の脇に建っている旧長浜駅は、明治初期の駅舎の面影を留めています。

内部は博物館の展示物として、往時の姿が再現されていました。他にも鉄道関係の展示がありますが、各地の鉄道関係の博物館に比べて、その展示物の質・量ともにやや貧弱なのかなという印象を持ってしまいました。もう少し工夫が欲しいのかな。いくら夏休み時期とはいえ、トーマスのような子供向けの企画や玩具で興味を引かせるのは、いかがなものかと思います。訪ねた時期が悪かったのかな。中途半端な気持ちのまま、近くの長濱浪漫ビールに移動しました。

2008年8月31日 (日)

山陰本線

出雲路ビールを飲んだ後に山陰本線を西へ。山陰本線は汽車旅系では「偉大なるローカル線」なんて呼ばれています。ネーミングはともかく、車窓の景色は良いです。特に島根県から山口県にかけての海の景色が良し。夏に乗れば日本海側の爽やかな夏空と海岸の景色が堪能できます。

01

車内からの撮影で申し訳ないのですが、何枚か紹介しましょう。

03

02

入り江があると、小さな集落がある。そんな風景が続いています。

2008年8月22日 (金)

備後落合駅

山陰地方のビールが頑張っているとのことで、7月下旬に行ってきました。鉄道で山陰地方、ビールのある島根県東部に行くには岡山から伯備線で幾野が一般的。しかしそれでは簡単すぎるので途中の新見から芸備線、木次線というルートをたどりました。

安芸の広島から、備中の新見を結んでいるから芸備線。中国山地をコトコトと走っている地味な路線です。広島から三次まではそこそこの運転本数があるものの、そこから先は激減します。特に今回乗った新見側の東城から備後落合までの区間は、1日にわずか3本しか運転されていません。日本で一番運転本数の少ない区間の1つであります。

そんな列車に揺られて備後落合へ。山間の小さな駅です。ここから木次線に乗換えますが、こちらも運転本数は1日に3本です。

01

反対側からの列車も到着して、それぞれのホームに3本の列車が並んでいます。備後落合が一日で一番賑わう時間です。乗客たちはそれぞれの列車に乗換えていって、やがて列車は発車していきます。備後落合に静けさが戻ります。

2008年8月21日 (木)

博多の夜

ビール好きが博多に行ったのならば、ケイズブルーイングには是非とも訪ねてみたい。市内城南区にあるブルワリーで、オーナーさんが頑張っているビールです。時間の関係で営業時間外に訪ねてしまったので、ビールを飲めなかったのは残念ですが、オーナーさんに挨拶させていただきました。

と言うわけで、ビールと食べ物を求めて博多の夜の街に繰り出します。男独りなので桃色の街並みを求めても良いのですが、予算的に厳しい。私には赤提灯が似合っています。博多駅の新幹線側に赤提灯が並んでいる街があるので、そちらに行ってみました。

何処に入るか迷います。チェーン系の店は避けたいので、適当にブラブラして、入口の雰囲気が良さそうな店へ。これは当たり!でした。

02_2

店主に薦められるままに刺身の盛り合わせ。素人の私でも解る美味しい刺身がボリューム満点でした。他に薦められるままに何品か注文したようです。とても良い気分になってお会計。こちらは想定外でした(涙)。

2008年8月20日 (水)

九州鉄道記念館

門司港レトロ地区の中にあるのが九州鉄道記念館です。これはJR九州の鉄道関係の博物館です。

01_2

迎えてくれるのは、キューロクこと9600形の蒸気機関車。恐らく現役当時は筑豊の炭田を走り回っていたのでしょう。セムが付いていないのは残念ですが、今でも走りそうに整備されています。

03

九州鉄道記念館内には面白い展示もありました。スペース的に他の大規模な鉄道系の博物館には一歩も二歩も劣っているのは残念ですが、小規模なりの工夫が感じられて好印象です。

私が気になったのは2階のレールの展示物。製鉄業の製品であるレールは、今では100%国産化されていますが、そこに至るまでは大いなる努力が重ねられています。国産化前の古いレールを並べることには、製鉄業に根ざしていたこの地域ならではの意義があるでしょう。ただ展示ではこれらの古いレールが並べられていること、国産化への経緯への説明が今ひとつだったのが残念でした。

九州鉄道記念館を訪ねた多くの子供たちには、これらレールの意義が解るにはもう少しの時間が必要で、子供たちの一番人気は、ミニ鉄道だったようです。

04

これらのミニ鉄道は他の鉄道関係の博物館やイベントでも見られますが、この九州のものは気合が入っているようで、なかなか精巧に作られています。走ってくる姿だけを撮影するとまるで本物のようです。窓ガラス越しに見える子供たちの笑顔が印象的でした。

 

門司港駅

門司港レトロ地区の代表的な建築物といえば、この門司港駅の駅舎でしょう。

01

関門トンネル開通前では、門司港駅(その時は門司駅)が九州の玄関口でした。下関側からの連絡船が発着し、この駅から九州各地へ列車が発着していました。その玄関口としてふさわしい、この駅舎が建てられたのは大正13年。現在でもその姿を留めている駅舎は、東京の駅の赤レンガ駅舎とともに重要文化財に指定されています。

かつて、多くの車両がひしめいていた駅前広場は、今は噴水広場になっていて、門司港駅の格好のビュースポットになっています。建物の場合はこのビュースポットが有るか?で人気に大きく影響しますね。その点は門司港駅は満点で、多くの観光客が記念写真を撮影していました。

02_2

駅舎が堂々たるものなら、ホームも堂々としています。かつては駅弁売りが立っていたのでしょう。幅広いホームに古いレールを使った屋根。とても堂々としています。鉄道華やかりし頃の雰囲気を伝えています。鉄道好きでなくても、門司港駅は必見です。

2008年8月 6日 (水)

三次駅

前の発言で三次を読めるか?という意味の事を書きましたけど、鉄道ファンには馴染みの地名だったりします。それは芸備線と三江線、そして私が乗ってきた福塩線が集まる、鉄道路線のネットワークの拠点だからです。

しかしながら拠点と言っても、そのネットワークはとても脆弱です。芸備線、三江線、福塩線と聞いても、ピンとくる方は少ないでしょう。広島市へと直結する芸備線の西側は運転本数が有るのですが、それ以外は散々なダイヤ設定なのです。私が乗ってきた福塩線は1日8本、三江線は1日5本しかないのです。駅は鉄道が華やかりし頃の広さ保っていますが、多くは雑草に覆われています。

Photo

それでも20時頃には各線の列車が集まって、一瞬の賑わいを見せています。

2008年8月 2日 (土)

福塩線をゆく

今回の旅行で、ビール的に一番のメインだったのが三次ベッケンビールです。ただ吉備土手下麦酒の岡山から広島県三次に行くにはちと面倒です。方法としては、

(1)広島まで新幹線で行って芸備線

(2)福山から福塩線

(3)伯備線で新見まで行って芸備線。

(1)は遠回りですけど新幹線を使って、芸備線の快速列車を捕まえれば一番早いです。ただし今回の私は18きっぷを使っているので検討の対象外です。

(3)は新見(正確には備中神代)からの芸備線の運転本数が1日に3本!!と極めて少ないので、とても利用しづらいです。今回の吉備土手下麦酒をパスすれば使えた手段ですが、岡山の散策とビールの魅力を選んでしましました。

結局は(2)の福塩線を選んだのですが、こちらも芸備線ほどではありませんが、運転本数が1日8本と、便利とは言いがたい数字で、この福塩線をベースにスケジュールを組むことになります。

この福塩線、思い切りローカル線です。福山から途中の府中までは運転本数が多いのですが、そこから先は前述の通り1日8本。沿線に人家が密集している訳が無く、中国地方独特の丘陵と山地が混じった風景の中を、1両のディーゼルカーが走っていきます。

01

のんびりとした雰囲気の中で、たっぷり2時間揺られて居眠り。すっかり酔いが覚めた頃に三次着。いざ三次ベッケンビールに突撃です。

2008年7月31日 (木)

私の旅行スイッチ

 もともと旅行好きで、年に何回か“旅行スイッチ”が入ります。毎年の2月にスイッチが入ると、行くのは北海道。真冬の北海道、しかも札幌の雪まつりが終わった後なので、スキー場と流氷の他はガラガラで、かつ思い切りしばれる時期に行くのは、好きで行っているとはいえ、物好きだと思う。

 夏にスイッチが入るのは7月20日。これはJRグループが出している「青春18きっぷ」の有効開始と一致しています。行くのは決まって九州。思い切り暑い時期に九州へ行くのも、やはり物好きだと思う。

 という訳で、今の私は夏の旅行スイッチが入っています(笑)。ちと順番が前後しましたけど、九州への旅行ネタをアップしますので、ご笑覧ください。

2008年7月23日 (水)

赤い18きっぷ

春夏冬の休みに合わせて発売されている青春18きっぷ。汽車旅のツールとしてすっかり定着しています。この18きっぷに2種類有るのは、今では知る人も少なくなりました。

18_3

こちらの青い18きっぷが現在使われている18きっぷ。JR東日本では駅の自動券売機でも売られているポピュラーなもの。

18_4

こちらの赤い18きっぷは、色合いから「赤きっぷ」と呼ばれることも多い常備券。オンライン化されていない駅で取り扱っています。色が違うだけで、きっぷとしての価値は全く一緒なのですが、鉄道ファンからは珍重されていて、18きっぷの時期になりますと、何処の駅で発売されているといった情報がネット上をかけ巡ります。JR東日本や東海では取扱いを止めてしまったので、東京に住んでいる私には、他のJR会社のエリアに足を運ぶか、その地域に住む友人に手配を頼むことになります。今回はJR四国の佐古駅で購入していただきました。

この夏は、この赤い18きっぷを持って、日本全国を駆け巡ろうかと思います。

2008年6月 1日 (日)

鉄道旅行地図帳

最近、私の汽車旅仲間に注目を集めている本があります。新潮社が出した「日本鉄道旅行地図帳」です。http://www.shinchosha.co.jp/railmap/

題名の通り、日本の鉄道路線に特化した地図帳です。同じような体裁で日本全国をカバーするとの事で、このような地図帳は今まで無かったのです。例えば第1号の北海道編で、私が先日訪ねた道東付近はこんな感じで紹介されています。

002

縮尺は1/800,000で、ちょっと荒いかも。それでも沿線の見所や観光スポットなどが、ハイレベルな汽車旅で紹介されています。そしてこの地図帳の凄いところは、同じ縮尺の似たような体裁で廃止になった路線も紹介されているのです。例えば同じ場所はこんな感じ。

001

既に用無しになって廃止された鉄道路線を見て何になる?という疑問は置いておいておきましょう(笑)。でもレールが取り外された廃線跡を調査研究するのは鉄道趣味のジャンルの一つとして確立しているのですよ。それにしても、実に多くの路線が、この道東エリアを網羅してたのが解ります。それをしっかりとフォローしているのです。付属の資料も充実していて、それらを照らし合わせて見ているだけでも楽しくなります。

今回は北海道編、次いで東北と、月イチのペースで北から南へと発行されるようです。今年の夏休みにはこの本を持って旅行に行くことにしましょう。

2008年4月 5日 (土)

高山本線の難所をゆく

富山からの帰り、高山本線を使って帰路に着きました。

実はこの高山本線は私にとって鬼門なのです。1990年9月に乗車した時には台風に直撃され、あやうく“列車ホテル”になりそうでした。2002年1月には大雪に行く手を阻まれて、約束していたイベントに大遅刻と、散々な目に会っています。

P1010004

画像は、2002年1月の猪谷駅の風景です。豪雪地帯であるとともに、日本海側と太平洋側を隔てる山岳地帯を走るので、落石やがけ崩れに悩まされています。特に2004年10月の台風23号の被害は甚大で、鉄橋が流されたりして、復旧まで2年半の歳月を費やしています。。

前置きが長くなりましたが、改めて高山本線に乗ってみると、よくぞこの場所に線路を敷いたものだと感心してしまうほど、深い谷を高山本線は走ります。対岸には崩れた急斜面が見えています。前日に乗った大糸線とともに、車窓から渓谷美を味わえる高山線は、汽車旅派にはお勧めです。

2008年3月22日 (土)

只見線

毎冬に只見線を訪ねるのが恒例になっています。豪雪で有名な只見線を冬に訪ねること自体がアホですが、車内から雪見酒を楽しむことができるのです。

02

今年の積雪は平年並み、2007年は記録的な暖冬で雪見酒の味は今ひとつだったのですが、数年前に乗車した際には、たっぷり味わうことが出来ました。

只見線で仕事をされている鉄道関係の方、現地で生活されている方には思い切り不謹慎でしょうけど、素晴らしい雪景色には惹かれるものがあります。

01

名前の由来になっている只見駅のお隣、田子倉駅は、あまりの豪雪で冬季休業になります。駅全体が鉄骨の雪覆いに囲まれているので地下鉄のようです。ゆっくり通過して県境の長いトンネルに入っていきます。

2008年3月21日 (金)

FASTECH 360

北海道の帰りに八戸駅で見たのは、「FASTECH 360」こと次世代新幹線の試験車両でした。

Fastec

東北新幹線が青森へ、そして青函トンネルを抜けて北海道へ伸びる際には、この試験車両をベースにした新しい車両が投入されるでしょう。その際に東京から函館まで何時間で到達出来るのか?、合わせて札幌方面への新しい特急車両が登場しているのか?、飛行機を使わずに北海道へアクセスしている私には大いに興味あることです。

2008年3月19日 (水)

流氷特急オホーツクの風

麦酒停で痛飲した翌日は、JR北海道自慢のリゾート列車「流氷特急オホーツクの風」に乗りました。

02_3

ただし流氷の観光拠点の網走まで乗らずに、北見で途中下車です。目的はもちろんオホーツクビールです。

北見の帰りも、流氷特急オホーツクの風を使います。快適なシートですっかり熟睡。常紋峠や石北峠は夢の中でした。

旭川で下車して大雪ビールでアルコール補給とも考えたのですが、たまたま同じ時期にフルムーン旅行で北海道を訪ねていた友人夫婦と合流することになり、流氷特急のラウンジでしばし談笑です。

01_3

このラウンジの隣が客室乗務員の基地かつ売店になっていて、綺麗なお姉さんの活躍ぶりを身近で見ることが出来ます。車内の郵便ポストに投函すれば流氷特急のスタンプを押して出してくれるサービスも有りと、なかなか楽しいです。もちろんビールも売っていて、友人夫妻と一緒に乾杯しました。

2008年3月 6日 (木)

帯広のたぬきの里

帯広市内には温泉が沸いていて、数多くの温泉銭湯が営業しています。2年前には市街地北端の温泉ホテルボストンの日帰り入浴を使わせていただきました。ホテルなので、日帰り入浴を午前6時から受け付けているので、しっかり朝風呂をたのしめます。今回は駅近くの銭湯「たぬきの里」を使いました。名前が面白いですが、ごく普通のマンションの1、2階に温泉銭湯が入っています。

Photo

泉質はモール泉。泥炭層を通るので薄茶色になっています。やや炭酸を含んでいるようで、湯船に漬かっていると、肌に気泡が付いてきます。肌がつるつるになってとても気持ち良いです。

厚岸の牡蠣

花咲線に乗るのが目的で、終点の根室に着いても、そのまま折り返すだけですが、この時期に道東に来れば、冬の海の幸、特に厚岸のカキは味わいたいものです。厚岸で途中下車しました。

厚岸にある道の駅「厚岸グルメパーク」は観光客の人気を集めていますが、私が訪ねた日は残念ながら定休日。代わりに厚岸漁協直営の売店を訪ねました。

02

店内はごく普通の、漁協直営売店です。お目当ての牡蠣は生簀に溢れるばかりに入っていました。牡蠣だけでなく海の幸が無造作に並べられています。この辺りの大雑把さが北海道らしいです。

03

店内の片隅に椅子とテーブル、そして電子レンジ。店内で買った牡蠣は、此処で食べることが出来るのです。恐らく飲食店の許認可の関係でしょう。牡蠣ナイフを貸してくれるので、自分で殻を開けて、そのままツルンと口へ。潮の香りがちょっと強めかな。

買った牡蠣にラップをかけて電子レンジに入れれば、蒸し牡蠣の出来上がり。ホクホクとした牡蠣の弾力がとても良いです。

04

牡蠣の大きさは北海道サイズ。隣の置いてある割り箸を見れば大きさが解るでしょう。これで1個100~130円です。

2008年3月 5日 (水)

花咲線

道央と道東を結ぶ根室本線は多くの特急列車が走っていますが、釧路から先の根室への鉄路は寂しいローカル線になっています。花咲線という愛称が付けられていて、釧路までの本線と切り離されています。でも線路しか無い原野を走る花咲線は、その車窓はとても素晴らしい。厳冬期がとても良し。凍結して一面の氷原となった厚岸湖の風景は、日本のものではないようです。

Photo

2008年2月23日 (土)

北海道旅行

しばらく多忙&旅行で更新が滞ってしまいました。

先日、5日間の日程で北海道を旅行してきました。さっぽろ雪まつりも終わって、北海道の観光地は流氷とスキーを除けばガラガラです。また冬の寒さも厳しく、この時期の北海道を訪ねるのは、よほどの通か“アホ”です。もちろん雪景色を見ながらビールを飲もうという私は後者の方です(笑)。

今回の目的は
冬の北海道の車窓を堪能すること
北海道のビール巡りをすること
です。

私は飛行機が苦手なので北海道まではJRを使います。そんな者に便利なのはJR東日本が出している「ぐるり北海道フリーきっぷ」です。往復の新幹線or北斗星に、北海道内の特急指定席が付いて、35,700円(7・8・9月は45,200円)とお得な設定になっています。
http://www.jreast.co.jp/tickets/info.aspx?GoodsCd=404

さて、2月某日早朝に東京を東北新幹線「はやて1号」で出発した私は、八戸で乗換えて、まずは青森まで来ました。風が強いのでしょうか、ホームまで雪が積もっています。

Photo_2

ここで方向転換して、青函トンネルを抜ければ、いよいよ北海道です。函館山の景色が迎えてくれます。

Photo_3

函館山をみると、ついつい北島三郎さんの歌を口ずさんでしまいます。青函連絡船の時代は1日がかりだったのでしょうけど、今は6時間半弱で着いてしまいました。それでも、何度見ても「はるばる来た」という強い感動は有りますね。

2008年2月 9日 (土)

県境を鈍行列車で越える

ベアレン醸造所から田沢湖線を使って秋田県へ。秋田新幹線の「こまち」が1時間に1本走っていますが、今回はあえて鈍行列車を使いました。東北地方を太平洋側と日本海側に分ける奥羽山脈を越える区間は普通列車の運転本数が少なく、1日にわずか4往復。特急列車の合間を走っているので、県境のトンネル手前の何も無い信号所で「こまち」の通過を待ちます。

Photo

雪煙を上げて「こまち」が通過した後にポイントが切り替わって、県境のトンネルに入って行きますが、この時期に鈍行列車で県境を越えたのは、10人ぐらいでした。

2008年1月31日 (木)

箱根へ家族旅行その4

強羅に泊まって、再びケーブルカーとロープウェイを乗り継いで芦ノ湖畔の桃源台へ。海賊船が待っていました。

Photo

海賊船を運航している箱根観光船株式会社では、パーサ、ロワイヤル、ビクトリーの3隻の海賊船に加えて、外輪船タイプのフロンティアが運行されています。海賊船が芦ノ湖に登場したのは東京オリンピックの頃だそうで、すっかり芦ノ湖の名物になっています。

この後は復元工事が完成した箱根関所を見学、そして箱根富士屋ホテルでティータイムして、箱根湯本まで戻ってきました。さていよいよ本番です。

2008年1月29日 (火)

箱根へ家族旅行その2

VSEは快適だった・・・とは言い難い。というのは展望席見学の家族連れが始終出入りしていて騒々しいのです。ですからVSEに限らず展望席付きの小田急ロマンスカーでは、展望席が取れなかったら、先頭車両ではなくて中間車を選んだ方が無難かもしれません。特にVSEはVault Super Expressの略、Vaultとは「ドーム型の天井、天空、空間」の意味ですから、前面展望より車内の居心地の良さをアピールしているようですから。

箱根湯本でVSEから箱根登山電車に乗り換え。急坂を登り続けて強羅。そこからケーブルカーで早雲山。スイス製の格好いい車両です。

Photo

早雲山からロープウェイで大涌谷へ。

Photo_2

小雪交じりの天気で、とても寒いけど、雪景色がとても綺麗です。

Photo_3

大涌谷は温泉玉子が有名です。1個食べると寿命が延びるとか。家族全員で1個ずつ食べました。

2008年1月26日 (土)

箱根へ家族旅行その1

今までビールネタばかりだったので、これから数回は旅行ネタを綴ってみます。

先日、箱根へ両親と姉夫婦そして私の5人で、家族旅行に行きました。東京の練馬区に住んでいると、箱根へは小田急を使うのが便利です。Vse02

旅行気分を味わいたくて、新宿から特急ロマンスカーを使いました。もちろん最新のVSEを狙います。

Vse

ロマンスカー伝統の前面展望席は、子供達に大人気です。私も30年前に親に連れられて当時のロマンスカーNSEに乗って箱根に行きました。今日は老いた両親を連れて再び箱根に向かっています。

2008年1月17日 (木)

田沢湖駅

田沢湖へのアクセスに使う田沢湖駅は観光案内所も兼ねていて、なかなか規模が大きいですが、その駅舎が見ものです。

Photo

ガラス張りの現代建築ですが、駅前広場を包み込むような丸みを持ち、木質系の材料を使うことによって温かみをだしています。なかなか考えられたデザインだと思います。田沢湖駅前はだだっぴろいので、その存在が強調されています。

2008年1月11日 (金)

路面電車の走る都市

門司港ビールを訪ねた日は広島に泊まりました。

広島は中部地方を代表する大都市、そして原爆の都市・・・、しかし鉄道ファンにとっては路面電車が大活躍している都市として知られています。中心街の交差点に立つと、前後左右から路面電車が走り抜けていきます。東京に住んでいると路面電車は「チンチン電車」と呼ばれ、ノスタルジックなイメージがありますが、広島では最新鋭の路面電車が活躍しているのです。

Photo_5

路面から乗れる路面電車、電停から段差なしで乗れるノンステップの電車、最新鋭のバリアフリーの交通機関です。

瀬戸内海をフェリーで渡って松山へ。こちらも路面電車が活躍しています。松山と言えば夏目漱石が著した「坊ちゃん」、松山の路面電車には「坊ちゃん列車」が走っているのです。鉄道ファン的には日本で唯一の路面を走る客車列車です。

Photo_6

当時の蒸気機関車を模していますが、実際にはディーゼル機関車です。汽笛を派手に鳴らして松山を闊歩しています。

個人的な感想ですが、路面電車が活躍している都市には活気を感じます。広島、長崎、松山、熊本、鹿児島・・・、西日本の都市ばかりですが、訪ねた時には、1日乗車券を使って街歩きを楽しんでいます。

最近のトラックバック

2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30