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カテゴリー「イタリア鉄道旅行」の記事

2015年1月29日 (木)

デュッセルドルフの奇人亭

日本への帰国便は20時の出発ですから、デュッセルドルフで夕食を兼ねて名物のアルトビールを飲み歩くことにしましょう。

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アルトビールを飲ませてくれる店があるエリアには地下鉄Uバーンを使ったほうが便利なのですが、私はトラムを使います。適当に乗ったら、思い切りあさっての方向に連れて行かれたのであせりました。路線図を確認して、改めて飲食店街へ。

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最寄の電停付近は、クルマの乗入が制限されているトランジットモールです。日本の感覚では歩行者天国にトラムが乗入れてくる感じです。車両は数タイプが活躍していますが全てのが低床車両でした。ミラノのような旧型のトラムは引退してしまったようで、マニアックにはちょっと残念です。

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デュッセルドルフのアルトビールの店での定番はツム・ユーリゲでしょう。名前を訳すと奇人亭。何でも創業者がかなり変わり者で、この名前が付けられたとか。真偽はともかく建物のてっぺんには風見鶏ではなくて奇人が踊っています。もっとも創業者以上に奇人なのは、わざわざ日本からビールを飲み来た、この私でしょう(笑)。

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店内の様子です。老舗の店らしく、落着いた雰囲気の内装です。アルトビールは木樽に詰められて、伝統的な細長いグラスに注がれます。1杯注文するとコースターに鉛筆で線が引かれて、伝票代わりになっているようです。

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こちらがユーリゲのアルトビール。日本にも輸入されていますが、やはり現地で飲むのは別格です。色合いからモルト感が強めかと思っていましたが、意外にもフレッシュ感がある軽い味わいです。これだったら何杯もいけます、、、という訳でしっかり飲み過ぎて(笑)、日本への帰国便は熟睡でした。

2015年1月28日 (水)

ブッパータールのモノレール

ミラノ滞在を終えて、日本へと戻ります。予約した便はフランクフルト経由ではなくてデュッセルドルフ経由。しかも乗継時間が10時間以上あるので、ドイツ小旅行を楽しむことにします。

デュッセルドルフ空港から中央駅に出るのは簡単です。空港ターミナルの地下にあるSバーンで15分ぐらいです。このままデュッセルドルフの街歩きを楽しんでも良いのですが、ちょっと足を延ばしてSバーンで30分ぐらいの隣町ブッパータールWuppertalへ行ってきました。

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ブッパータールのモノレールは、いわゆる懸垂式のそれで、日本では上野動物園や湘南モノレール、千葉都市モノレールなどに採用例がありますが、このブッパータールのモノレールは1901年開業と、とても年季の入ったクラシカルなものです。世界最古のモノレールと言われています。

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線路はブッパータールを東西に流れているブッパー川の上に鉄骨を組上げて設置されています。線路の長さは13.3km、駅の数は20です。100年以上前に設置された線路は、今ではブッパータールの風景に溶け込んでいます。

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懸垂式モノレールですから、駅を出ると足元には何もありません。慣れていないとスリルを感じます。

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列車は5分ほどの感覚で運転されています。ドイツのあちこちで走っているトラムと同じ感覚で使われているようです。画像に見られるようにお姉さんがチョイ乗りで使っているようです。駅は改修されてエレベーターが設置されるなどバリアフリー対応になっていました。

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鉄道マニアックに、モノレールの台車のアップ。
日本の懸垂式モノレールはゴムタイヤの車輪ですが、ブッパータールでは鉄の線路と車輪です。現在使われている車両は1970年代に製造されたものですが、改修されて丁寧に使われている印象を受けました。

2015年1月27日 (火)

トリエステからのビール

トリエステからミラノへ戻ります。

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帰りもイタリア鉄道の特急列車です。

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特急列車も良いけれど、出来れば普通列車にも乗ってみたかったです。

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ミラノまで4時間ほどの汽車旅でしたので、1等車を奮発しました。

しかし、この特急列車がトリエステ中央駅に出発時間になっても入線して来ないのです。もちろん発車も遅れます。車内放送は小声でボソボソ言っているだけで、もともと私は全く解りませんが、他のお客さんの不安げな様子や、慌しく歩いている車掌さんの様子を見ていると何らかのトラブルがあったようです。結局は40分ほどの遅れでトリエステ中央駅を発車しました。やれやれです。

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ブツブツ言っても仕方ないです。
さてミラノまでの旅のお供はもちろんビールです。先の発言で、イタリア・ミラノのビール事情を嘆きましたが、トリエステはちょっと事情が違いました。駅の売店の高値(日本で言うレギュラー缶が2ユーロ以上)に嫌気をさして、トリエステ街歩き中で見つけたスーパーの棚をみたら、10種類以上の銘柄が並んでいました。しかもロング缶1本1ユーロぐらい。国境の街らしく、またオーストリアのハプスブルグ家の支配下になった歴史の街らしく、海外のビールが入り込んでいるようです。もちろんイタリアのビールも。

どれを買おうか迷ってしまいましたが、目に付いた銘柄を1本ずつ買って、車内の友にしました。

2015年1月25日 (日)

トリエステの登山トラム(その7)

トリエステの登山トラムは、ケーブル区間を終えても、さらに坂を上ってゆきます。アドリア海とトリエステを見下ろす山の斜面からの景色がなかなかよろしい。

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線路と待合所しかないBanne電停で途中下車して撮影することに。

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冬枯れの木立の中を、モーターの音を響かせてトラムが登ってきました。

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斜面の段々畑を耕す農家でしょうか。小さな集落の脇をトラムが走っていきます。

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冬の柔らかな日差しを浴びて、トラムが走り抜けていきます。

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カメラ片手に1駅戻ったConconello電停です。ここで上下のトラムが交換します。

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終点のVilla Opicina駅です。車庫もこちらにありトリエステの登山トラムでは最も規模の大きな施設で、駅舎にはバルも入居しています。トラムの発車待ち、地元の方のたまり場として、繁盛しているようでした。

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このバルで遅めの昼食をいただきました。思い切り地元の料理ですが、美味しくいただきました。

2015年1月24日 (土)

トリエステの登山トラム(その6)Vetta Scircila電停

トリエステの登山トラム、ケーブル区間の山上駅がVetta Scircila電停です。

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Vetta Scircila電停は側線がある広々とした駅です。周囲に高級住宅地があるものの、住宅地からは階段を下りた隠されたような場所にあるので、人の気配は全くありません。

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別な角度からもう1枚。銀河鉄道999のように空に向かっているレールは何だと思います?。さらに山上の区間から降りてきたトラムのブレー故障などで速度を落としきれなかった時に、止めるための線路なのです。ですからポイントは普段はこの急な上り坂の線路に開いています。トラムはポイントの手前で一旦停止し、ポイントが切り換ってからケーブル区間に進入してゆきます。

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さて肝心のケーブル区間の見物に行こうと思っていたのですが、立入り禁止の標識が掲げられています。係員の姿が見られたので「ボンジョルーノ」と声をかければ見物させてもらえそうでしたが、イタリア語どころか英語もおぼつかない私では、、、進入を断念しました。

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その代わり、と言っては何ですが、トラムの車内から撮影した画像を紹介します。線路の下にケーブル区間の制御、動力施設があり、ケーブルが巻き取られていく様子が見られます。

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そんな様子を観察していたら、ケーブルが動き出し、下から搬器に押し上げられたトラムが姿を現しました。背景はアドリア海です。

2015年1月23日 (金)

トリエステの登山トラム(その5)

話が前後しますが、トリエステの登山トラムはケーブルカーのシステムを使っているので、途中に行き違いに場所があります。そこが撮影ポイントだということは事前の学習で知っていました。そこを是非とも訪ねてみたいと思います。

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アクセスは先に紹介したRomagna電停からの方が便利です。線路脇の側道の様な形で歩道が続いています。急勾配なので階段ばかりですので、下りの方が楽です。

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Romagna電停とS.Anastasio電停の中間地点に行き違いの場所がありました。高級アパートの駐車場と地域の広場に面しています。線路とは石垣と鉄柵に仕切られていますが、石垣にヨイショと登れば、かなり良いアングルでトリエステの登山トラムを撮影出来ます。

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日中は20分毎の運転なので、次が来るまで少し待ちました。そしてケーブルの動く音が聞こえ始めたら、トラムがやってきました。

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搬器の助けを受けてトラムが登り降りしています。世界的にも珍しいトリエステの名物です。Img_2210

角度を変えてもう1枚。トリエステの港町をバックに登っていくトラムの姿を見ることが出来ます。

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行き違いの、坂下にあるS.Anastasia電停から望遠レンズで見るとこんな感じです。登山とラムは搬器に後押しされてゆっくりと、確実に急坂を上り下りしています。

2015年1月22日 (木)

トリエステの登山トラム(その4)Romagna電停

トリエステのトラムのケーブルカー区間の山上側はRomagna電停です。

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Romagna電停で待っていたら、ケーブルが動き出し、トラムが急坂を押し上げられてきました。

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延びきったパンタグラフの向こうにはアドリア海が広がっています。

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押し上げていく搬器にはメンテナンスの係員が添乗してました。カメラを向けたらポーズを取ってくれました。

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電停の脇には踏切があります。画像からも急勾配ぶりがわかるでしょう。

面白いのはケーブルカーが動いている時にはずっと踏切が下がっていることです。ケーブルカーのケーブルが動いているので、事故防止のためでしょう。

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Romagna電停付近もトリエステの市街地を見下ろす南斜面の高台の住宅地が建ち並んでいます。若い人の足はクルマなのでしょう。トラムからはリタイヤした老紳士が慣れた足つきで線路を跨いで家路についていました。

2015年1月21日 (水)

トリエステの登山トラム(その3)S.Anastasio電停

トリエステのトラムのケーブルカー区間にいよいよ乗り入れました。

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こちらは車内からの画像です。搬器tractorにゆっくり近づいてゆきます。

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搬器に押されて、ぐいぐいと急坂を登ってゆきます。

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このケーブルカー区間には中間駅が2つあります。山麓側のS.Anastasia電停で途中下車してみました。この電停で上ってくるトラムを撮影します。ケーブルカー区間は架線が省略されているので、トラムはパンタグラフを伸ばしきった姿で登ってきます。

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ケーブルカー区間はトリエステの南斜面に敷かれています。日当たりの良い高級住宅街が並んでいて、トラムからは裕福そうな老夫婦が降りてきました。

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トラムはさらに急坂を押し上げられて行きます。

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トラムは次の駅Romagna駅へと押し上げられてゆきます。

2015年1月20日 (火)

トリエステの登山トラム(その2)

オベルダン広場Piazza Oberdanから数分の最初の電停、Piazza Scorcolaに着きました。

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Piazza Scorcol電停は通りの角に余白みたいなスペースでした。隣の通りは郊外へのルートらしく、バスやバイクがアクセルをふかして走っていきます。

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Piazza Scorcola電停に待っていたのは、何とも奇妙な塊でした。これがトリエステのトラムを世界に知らしめているモノなのです。トリエステのトラムは、平地を走るトラムをケーブルカーのシステムを使って急坂を強引に押し上げる、世界でも稀な運行をしています。このケーブルカーの区間は799メートル、高低差は160メートル、最も急な勾配は260パーミルとのこと。

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トラムは押し上げるケーブルカーの搬器(wikipediaではtractorと記載されていました)の前に出ます。

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搬器の前に出て、ゆっくりゆっくり搬器に近づきます。この間にポイントが切り換ります。ケーブルカーのシステムと鉄道のシステムのハイブリッドを使っているので、ポイントは複雑です。

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ゆっくり後退して搬器と合体します。

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再び搬器の画像。こちらは山上側です。

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搬器と合体するトラム。当然ですが山下側です。

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搬器とトラムの合体のシーン。急坂を押し上げるだけなので連結はしません。

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準備が整って、トラムは発車してゆきました。

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トラムは搬器に押し上げられて、ゆっくりと急坂を登ってゆきます。

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2015年1月19日 (月)

トリエステの登山トラム(その1)

イタリア北部東端の街、トリエステを訪ねました。アドリア海の最も奥にあるトリエステは重要な港町で、その所領をめぐって歴史に翻弄されました。オーストリア・ハプスブルグ家の支配下になったり、第二次大戦後は帰属が不安定になったりと、歴史的には有名な街です。第二次大戦後に正式にイタリア領となったのは1954年まで待つことになります。現在でも周囲を旧ユーゴスラビアのスロベニアに囲まれていて、異国情緒ただよう国境の街として知られています。

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wikipedia「Trieste Tram」より

イタリア旅行の中でトリエステを訪ねたのは、私なりの理由があります。その理由とはトラム(路面電車)です。かつのてトリエステにはそれなりのトラム網がありましが、1970年代に殆どの路線がバスに転換されてしまいました。現在まで残っているのはトリエステ中心地のオベルダン広場Piazza Oberdanと郊外のオプチナ村Villa Opicinaの間の全長5.2km13駅の1路線だけです。軌間1000mmの小さな、最後の路線が、今ではトリエステの観光名所の1つであり、全世界の鉄道ファンの注目を集めているのです。

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オベルダン広場Piazza Oberdanには駅舎風の建物があり、バールとタバッキが入居しています。イタリアの都市交通の例で、このタバッキで乗車券を購入します。トリエステのトラムとバス共通の1日券が4.35ユーロ。これで魅力的なトラムを乗り歩くことにします。

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使われている車両は1935年頃に造れた古いタイプのトラム車両です。一見するとイタリアの田舎トラム(←失礼!)ですが、発車して数分のPiazza Scorcola電停へ着くと表情が一変します。

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