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2016年2月の24件の記事

2016年2月29日 (月)

イルクーツクの街歩き(その1)

イルクーツクでは2泊しました。「シベリアのパリ」と称されるイルクーツクには美しい街並みが広がっていて、中日はひたすら街歩きを楽しみました。

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こちらが私が泊まったアンガラホテル。イルクーツクの中心部の広場に面したホテルで、日本で言うシティホテルでしょう。2泊朝食付きで5600ルーブル(約11,000円)で、バイキング形式の食材も質量ともに豊富で、部屋にバスではなくシャワーだったという点を除けば、大満足でした。1階にスーパーマーケットが入居していて、買物に重宝したというのポイント高いです。

日付は2月15日で、シベリア高気圧に覆われているのでしょう、快晴でした。シベリアの中でも特に寒い都市のイルクーツクではどんな服装をすれば良いのだろうか?というのが出発前からの心配ごとでした。私の場合はフード付きの厚手のコートから重ね着です。

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街歩きの始まりはイルクーツク駅へ。市街地からアンガラ川を長い橋で渡ります。ここからイルクーツク駅に付属している車両基地が一望できます。空気は痛いぐらいに冷たいですが、出発準備の客車からは暖房の石炭が燃える良い香りがします。

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こちらがイルクーツク駅。シベリア鉄道の主要駅ですので駅舎は堂々としています。駅に来たのは、用が無くても駅に来てしまうという鉄道ファンの習性だけでなく、予約した列車のeチケットの控えを現物のチケットに交換する必要が有ったからです。モスクワ→イルクーツクではeチケットの控えだけでOKだったのですが、イルクーツク→ウラジオストクではチケットにしなければなりません。何故でしょうね。

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画像手前のガラス張りの区画がホームへの入り口と出札口がありますが、そちらは近距離列車の出札口で長距離列車は駅舎反対側(画像の左奥)とのことで、迷いました。

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イルクーツク駅の、道路の対面にはスーパーがありました。24時間営業で、価格も市中のスーパーとほぼ同じなので、シベリア鉄道を利用する際には重宝するでしょう。

2016年2月28日 (日)

イルクーツクで途中下車

私のシベリア鉄道の旅はイルクーツクで途中下車します。

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ノヴォシビルスクからの車窓は雪原と潅木が続きます。イルクーツクで途中下車するのは、計画段階では4日も列車に乗っていれば飽きるだろうと思っていたからです。この理由は全く問題ありませんでした。とにかくイルクーツクで途中下車して、私のシベリア鉄道旅行を一区切りを付けます。

イルクーツク到着はモスクワ時間16時15分で、現地時間の21時15分です。到着の30分前から下車の準備をしました。テーブル上のゴミを片付けて寝具をまとめる、という手順はヘレナとリサで分担し、彼女達の大きな荷物を荷棚から下ろすのは手伝います。4日も一緒にいると阿吽の呼吸です。彼女達にはユースホステル?のお迎えが来ていたので、ヘレナとは固い握手、リサとはハグをして別れを惜しみました。

イルクーツク駅と市街地へはシベリアの主要な川のひとつアンガラ川に隔てられています。駅から予約していたホテルまで移動しなければなりません。列車が到着するのは21時頃なので、トラムは運行されているのでしょうか。日本でしたらタクシーを使うところでしょうけど、ロシアのタクシーはボラれると悪名が高いですから、酷寒期のアンガラ川の橋を荷物を抱えて歩くのか、さぁどうしましょうかねぇ。

事前にGoogle mapを見ますと道のりは1km少々で、日本なら1000円(500ルーブル)ほどでしょう。ロシアの物価などを換算すると300ルーブルが相場かなと想像します。駅舎まで入ってきて客引きするタクシー運転手は怪しいと聞いていたので、駅前で黄色いタクシーを止めてたむろしている運転手さんに声をかけました。筆談代わりにスマホの電卓アプリを使って価格交渉です。私は200ルーブルと逆にふっかけましたが、あちらは400ルーブルと返してきます。OH NO!と大げさに反応して300ルーブルではどうか?と返したら、350ルーブルに下がってきました。酷寒の駅前でこれ以上価格交渉するのも億劫だったので、350ルーブルで妥協しました。駅からアンガラ川を渡ってホテルの車寄せまで意外に距離があったので、適当な価格だったようです。

フロントでバウチャー(予約確認書)とパスポートを渡してチェックインの手続きをします。フロントの綺麗な女性が???という表情をして、大いなる笑顔に変わりました。
(嬢)私と誕生日が一緒です
(私)あら本当?。私は1967年生まれだよ
(嬢)私は199?年生まれです
そんなやり取りを見ていた隣のフロント嬢も笑っています。私のシベリア鉄道旅行の前半戦は綺麗な女性との出会いが、単調になりがちなシベリア鉄道旅行に華やかさを添えたようです。

2016年2月27日 (土)

シベリア鉄道車内で折紙教室

ノヴォシビルスクからシベリア鉄道の汽車旅が再開しました。ノイズ君はノヴォシビルスクで降りて、その後には誰も来なかったので、私の区画はヘレナとリサの3人だけです。

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英語の口説き文句の一つや二つを知っていれば面白いことになるのでしょうけど、私は手出しが出来ません。ヘレナは安心してお昼寝です。

ノイズ君は降りましたが、相変わらずロシア人男性の訪問は続いています。その合間に私が折鶴を出しました。ヘレナとリサが興味をしめしました。

What is this?.
This is Japanese Lucky Item.

折紙教室の開始です。
海外で日本の折紙がウケることは今までの経験で知っているので、車内の暇つぶし用に折紙を持っていきました。特に日本人なら誰でも折れる「鶴」は一枚の紙が立体的に折りあがっていくから面白いみたい。「鶴」を織り上げるにはちょっと難しい工程がありますが、私と一緒に折ったので、ヘレナとリサも折りあげることが出来ました、もっとも先生が私ですからちと不恰好でした(笑)。

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これを機にヘレナとリサとの仲がより親密になった気がします。画像は車内で日記を付けているリサです。私が長時間停車駅に到着前からカメラと上着を用意してウキウキしながら到着を待っている様子を見ていたリサは、私がこの列車の詳細なタイムテーブルを熟知していると思ったようで、
「トシ(私のこと)、次のLong stopは何時間後?」
「次は45分後に20分停車するよ」
そんな会話がしばしば。

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なんのことは無い、車掌室の近くに乗っている列車の時刻表が掲示されていて、私はスマホで撮影して画像を取り込んでいたのです。トイレやサモワールの利用で彼女たちが時刻表の存在を知らない訳がありませんが、私とのコミュニケーションの手段に使ってたようです。

2016年2月26日 (金)

ノヴォシビルスクで鉄ちゃん

ノヴォシビルスクで1時間の停車があるので、補給だけでなく、カメラを手に駅構内をウロウロしました。モスクワでは警官がウロウロしてましたが、シベリアまで来ると警備は薄れてきましたようです。駅舎には警官が立っていましたが、ホームには姿を見かけませんでした。これ幸いにカメラを向けます。

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これが私が乗っている44列車を牽引している機関車。派手な赤い色が力強いです。ライトがLEDなので最新型でしょう。

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シベリア鉄道の長距離列車は客車列車ですが、近距離列車はエレクトリーチカと呼ばれる近郊電車です。ノボシヴィルスク駅は広く、駅構内のあちこちにエレクトリーチカが停まっています。

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こちらは緑色のエレクトリーチカ。赤色とスタイルが似ているので、ロシア鉄道エレクトリーチカの標準車両のようです。赤色にはロシア鉄道のマークРЖДが入っているのに対して緑色にはないので、運行会社の違いなのかもしれません。ノヴォシビルスクには地下鉄やトラムが走っているのですが、残念ながらそちらは割愛しました。

さて発車時間が近づきました。モスクワ→ノボシヴィルスクは全行程の1/4です。私のシベリア鉄道旅行はセカンドシーズンに出発です。




2016年2月25日 (木)

ノヴォシビルスクで長時間停車

モスクワ・ヤロスラブリ駅を00時35分に出発して、3日目の08時33分(モスクワ時間)にノヴォシビルスク到着しました。ノヴォシビルスクは人口147万人で、私が乗ってきた44列車はシベリア最大の都市に敬意を表するかのように57分もの長時間停車をします。

シベリア鉄道はモスクワ時間で運転されているので、モスクワとは3時間の時差があるノヴォシビルスクの現地時間は11時33分着です。定刻の到着でした。

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さすがシベリア最大の都市だけあって、私の車両では7割ぐらいの乗客が降り、その半分ぐらいの乗車がありました。車掌さんは乗車券のチェックで大忙しです。乗り通す客、乗車の支度を終えた客が発車までの時間をホームに出て過ごしていました。

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長時間停車を使って車両の点検が行われます。長距離の運転が行われているシベリア鉄道では、一旦走り出すと車両基地に入れるのは数日後というケースがまれではありません。私が乗っている44列車はシベリア発ハバロフスク行の長距離列車で行程は8日間で、その間はずっと走り続けます。その間の点検は欠かせないのです。特に冬季は凍結が心配です。オレンジのジャケットを着込んだ作業員が床下に入って時間をかけて点検していました。

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車両への補給も行われます。
車両にトラックを横付けして、暖房用の石炭を搭載していました。合わせて水の補給も行われます。

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トラックから搭載された石炭を炭庫に収める際にでたコボレを片付けるのは車掌さんのお仕事みたい。1車両に2人乗務している車掌さんは車内の何でも屋で、多忙です。

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車両への補給だけでなく、乗客も補給をします。ホーム上にも売店があるのですが、停車時間に余裕があるので、散歩と息抜きを兼ねて駅舎内の売店に行く方も居るみたい。こちらの方が品揃えが豊富で、ちょっと安いようです。画像に写っている買い物客の女性は、同室のヘレナとリサです。

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私も燃料補給です。駅舎内にあった軽食コーナーではビールがあったので、1本美味しくいただきました。

2016年2月24日 (水)

シベリア鉄道の車内で重宝したもの

長時間の乗車になるシベリア鉄道の車内で重宝したものを紹介します。

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これは以前に紹介しましたが、サモワールと呼ばれている給湯器です。各車両に1箇所設置されていて、常に90度以上の熱湯が無料で利用出来ます。

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供給される熱湯を使って、車内では乗客がカップ麺を用意したり、お茶を入れたりします。

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そこで紹介したいのが、私がシベリア鉄道の車内で重宝したものです。
マイ箸
マイカップ
インスタントコーヒー
アイマスク
ウェットテッシュ


ロシアで売られているカップ麺にはプラスチックのフォークが付属しているのですが、日本人ならやはり箸です。私は家で使っている箸を持参しましたが、旅先用と割り切って安物でも良いでしょう。

シベリア鉄道の車内では車掌のオバチャンにお願いすれば、お茶用のグラスを貸してくれます。私はコーヒー党なのでマイカップを持参しました。一杯分に小分けされたインスタントコーヒーがあればとても便利です。

シベリア鉄道の車内では深夜では消灯するのですが、日本とは違って窓のカーテンを下ろしません。深夜帯でも停車があるので、アイマスクは有った方が良いです。私は日本で購入したものを持込みましたが、アエロフロートの国際線では機内で無料で配られているので、そちらを流用しても良いでしょう。

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最後にウェットテッシュ。
車内のテーブルは長時間の乗車のおかげで、家庭の食卓です。食事時になると大混雑です。時にはカップ麺の汁や飲み物をこぼすことがあります。そのような時にはウェットディッシュでさっと拭くのです。

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使用済のウェットティッシュ、その他のゴミはテーブルの金具にくくり付けたレジ袋へ。日本からわざわざ持って行くモノではありませんが、ロシアでは買物の際では有料なので、自宅で余っているものがあれば、持って行けば重宝します。

シベリア鉄道のトイレではトイレットペーパーが用意されています。ソビエト時代にはメモ用紙代わりに使ったというほど固い紙だったようですが、ロシアになってかなり改善されたとのこと。それでも日本のモノに比べたら紙の質が良くありません。気にする方にはウェットティッシュを使ってください。

2016年2月23日 (火)

ロシア人の宴会に巻き込まれる

シベリア鉄道の2日目の夜、翌朝にはシベリア有数の大都市エカテリンブルグに着くので車内はほぼ満席でした。ヘレナとリサという蜜に吸い寄せられるようにロシア人の若者が集まってきました。私のベッドは彼ら達の格好のベンチです。見るとノイズ君をはじめ若者の多くが缶ビールを手にして飲んでいました。私が尋ねると「車掌さんから買ったよ」とのこと。私はノイズ君と一緒に車掌室に行きました。シベリア鉄道の車掌室はジュースやカップラーメンなどの売店を兼ねていますが、メニューにはビールがありません。それでも「ビール有る?」と尋ねれば、ビールを出してくれました。さらに面白いのは缶ビールを包装紙で包んで出したことでした。他の区画を見るとウオツカをテーブル下に忍ばせて飲んでいるオヤジがいます。このあたりの呼吸は微妙です。
 
夜も更け、そろそろ私は寝たい時間になってきましたが、宴会の中心が私の区画なので横になれません。ロシア人の若者が44列車唯一?の東洋人の私に興味であれこれ話しかけてくるのですが、ロシア語なのでさっぱりです。それでも話しかけてくる、通じない様子を見ている周りは笑っている、何だか見世物になっているようであまり気持ちが良くないです。ヘレナとリサが気を利かせて他の区画に移ってくれたので、私は何とか寝ることができました。

2016年2月22日 (月)

シベリア鉄道の車内は禁酒?

私は酒とくにビールが好きです。ですからシベリア鉄道の車内では大いにロシアのビールを飲もうと思っていました。その観点でシベリア鉄道での飲酒事情を調べていました。ネット上を検索してみると、ロシア人と飲んで二日酔いという記事もヒットしますが、どうやら現在のシベリア鉄道だけでなくロシアの公共の場は禁酒のようです。それはアルコール中毒対策のようで、ロシアのアエロフロート航空ではアルコール飲料の提供は無かったですし、お隣のポーランドでホームで缶ビールを飲んでいたら警官に警告されたことから、シベリア鉄道の車内では禁酒というのは本当のようです。

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シベリア鉄道の旅行では停車中の買物が格好の暇つぶしです。真冬にもかかわらず乗客はホームに降りて売店で買物を楽しみます。しかしそこにはお酒はありません。少なくとも棚に並んでいません。

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ならばどうするのか?。
連結されている食堂車で飲む。これが一番簡単な方法です。しかしお値段が高い。1本150リーブル(市内のスーパーでは50ルーブル弱)ぐらい。車内の飲食店なので仕方ないですが、もう少し手軽に飲みたいです。

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もちろん駅のレストランや軽食コーナーでも飲むことが出来ます。こちらは食堂車より安めです。

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とある大きな駅のホームにある売店にはカウンターがあり、店内で飲むことが出来るようです。店内の棚をよく見るとビールが置いてるではありませんか。私はさっそく2本注文しましたら、ビールが包装紙に包まれて出されました。店員のオバチャンとは言葉こそ通じませんが、こっそり飲めよ、と言っている雰囲気は感じられました。かなり微妙な扱いです。シベリア鉄道の車内でも飲酒は微妙とか、それを超越したものだと、おいおい解ってきました。



2016年2月21日 (日)

車内で出会ったノイズ君

ヤロスラブリで降りたイワンの後に乗ってきたのは、ロシア人の若者でした。年齢は20台前半ぐらいでしょう。話好きのロシア人のDNAしっかり受け継いだ若者は異国から来たヘレナとリサ、おまけの私に興味津々みたいでロシア語で話しかけてきます。私はロシア語はさっぱりですが、リサが通訳してくれました。彼は2日後の8時33分に着くノボシビルスクに行くみたい。車内に入って早々に短パンにサンダルに着替えてリラックスしています。

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彼は、同年代?の異国の女性しかもロシア語が出来るヘレナとリサに御執心のようで、あれこれと話しかけてきます。私は話し内容がさっぱり解らないので見ているだけですが、内心では「お前はイタリア人かよ」(笑)と思いつつニヤニヤしていました。ヘレナとリサは微笑みながら話し相手になっていますが、表情がちとお疲れのようです。
彼が席を外した時に話しかけました。
He is noisy.彼は騒々しいね。
You are busy.そしてあなた達は忙しいね。
彼女たちに笑顔が戻ってきました。これから彼をノイズ君と呼ぶことにします。ノイズ君のおかげで彼女たちと親しくなったような気がします。

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↑↑画像は長時間停車の最中に、短パンサンダルで歩いているノイズ君です。

それでも、何だかんだ言っても、ノイズ君は面白い。あれこれ話しかけてくるだけでなく、上段から降りる際にはしごから転げ落ちてひざ小僧をすりむいて痛がっていて、ヘレナとリサが手当てをしています。普段なら迷惑野郎ですが、暇な車内ですから、失礼ながら格好の暇つぶしです。

2016年2月20日 (土)

シベリア鉄道の車内生活

私の上段に寝ていた話好きのイワンさんはヤロスラブリまでの乗車で、下車の準備でゴソゴソやっていたので私も起きてしまいました。未だ深夜の04時31分着のヤロスラブリ駅で降りてゆくイワンさんと握手して別れ、私は再び寝床へ。目覚めるとすっかり明るくなっていました。

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「地球の歩き方 シベリア」の地図より

44列車は混合樹林の丘陵帯をゆっくり走っています。ふと気づいたのは線路が単線非電化でした。シベリア鉄道は全線電化複線と聞いていたので???です。地図で確認したらロシア号が走るシベリア鉄道のメインルートから外れたルートを走っているようです。思えばイワンさんが降りたのがヤロスラブリ駅だったことに気づかなかったはうかつでした。

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シベリアとサンクトペテルブルグを結ぶメインルートに合流したのはGalich駅で09時45分着です。ここでディーゼル機関車から電気機関車に交換するために37分停車します。私はもちろんカメラを片手に先頭車両へ。寒いけど駅舎の表示はマイナス1度です。本当か?と思ってしまうような冷え込みです。駅舎の中に軽食堂が入っていて、そこでこの日の朝食を調達しました。

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今さらですがモスクワ→ハバロフスクを走る44列車の編成を紹介しましょう。
ハバロフスク
0.荷物車両
0.荷物車両
0.荷物車両
1.3等車
2.3等車
3.(欠番)
4.3等車(私が乗った車両)
5.3等車
6.3等車
7.3等車
8.3等車
9.コンパートメント(2等車)
10.食堂車
11.コンパートメント
12.コンパートメント
13.コンパートメント
14.コンパートメント
モスクワ


堂々たる16両編成です。

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Galich駅から4時間ほど走って13時30分着のSharya駅へ。こちらでも20分停車します。昼食タイムだったのでホームには立売りのオバチャンが5~6人出ていました。ただ立売りのオバチャンの売り上げは今ひとつだったのが表情に出ていますね。

この立売りのオバチャンは公式に認められたものではないようで、ホームで立売りしているのを見たのは、今回の旅行ではGalich駅が最初で最後でした。それでは他の駅ではどうしているのか?、公式と非公式?、他の禁制の品はどのように扱っているのか?、この後の3等車の車内からそれを垣間見ることになります。

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44列車には食堂車が連結されています。でも私が乗った4号車から10号車の食堂車へ行くには6両分150メートルを車内を移動しなければなりません。これは億劫です。それ以上に3等車の乗客は価格が高めな食堂車を利用せずに、自ら持ち込みの食事を用意してます。その多くがカップラーメンです。

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シベリア鉄道では各車両にサモワール(給湯器)があり、常に熱湯が用意されています。とても便利なサモワールを使って乗客はカップ麺で食事します。銘柄は韓国製が殆どで、日本製もありますが価格面で敵わないみたい。韓国製は車内や駅の売店で40~50ルーブルほど。量は少なめですが、乗客は車内で運動不足なので、その量で十分みたいです。私は対抗して(笑)、日本から持込んだカップ麺を食べていました。

2016年2月19日 (金)

シベリア鉄道の3等車

私が乗った44列車はモスクワを2月11日00時35分を発車するハバロフスク行で、私は途中のイルクーツクまでの乗車です。途中と言ってもイルクーツク到着するのは2月14日16時15分(モスクワ時間)で、4日間の乗車になります。このような長時間の乗車は初めてで、乗車前から血圧上がりまくりです(笑)。

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私が予約したのは3等車でした。文字通りシベリア鉄道では1等2等3等の区分があります。1等が2人個室、2等が4人個室、3等が見ての通りオープンタイプの寝台です。日本の3段式B寝台に似ていて、狭い寝台が並んでいます。ソ連時代は外国人の利用が禁止されていたとか。上段はソ連時代には寝台として使われていましたが、現在は荷棚として使われています。

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下段は寝台の下が荷物入れになっています。収まっている私のバックパックの幅は40センチで余裕がありましたので、有効幅は50センチぐらいでしょう。ここに収まらない大型スーツケースは、最上段(3段目)の荷物棚にヨイショと上げることになります。加えて通路側に線路と平行方向に設置された2人分の寝台があり、合わせて6人で一区画になります。

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私のベッドは下段でした。こちらは昼間には上段の人との共同のソファーになります。といってもクッションが全く無いビニールレザーの席では尻が痛くなる。思い切り質素な3等車です。

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3等車では通路との仕切りどころか、ベッドのカーテンも無い全くのオープンです。女性専用車両も無いみたい。寝具は最上段の荷物棚から自分で用意するという段取りです。さすがに旅行会社のツアーでは3等寝台を手配しないようで、利用しているのは地元のロシア人とバックパック系の若者、そしてどーみても怪しい東洋人オッサン(笑)です。オープンな雰囲気ゆえに相席になった人たちとのコミュニケーションが重要になってきます。その点では私は恵まれたようでした。

2016年2月18日 (木)

いよいよ出発!

私が乗る44列車のモスクワ・ヤロスラブリ駅の発車は00時35分で、イルクーツクに着くのは4日後の16時15分(モスクワ時間)です。前日の22時頃までメトロの乗り歩きをして、モスクワ・ヤロスラブリ駅前にある日本のファミレス風の店で遅い夕食と、店内の無料Wifiを使ってメールやSNSをチェックしてから、44列車が待つホームへ行ったのは日付が変わるころでした。

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44列車は既に入線していました。私が乗る2号車の入り口では担当車掌のオバチャンが2人立っていて、乗車券と身分証明書(外国人の私にはパスポート)のチェックをします。指定された21番のベッドに行くと、既に同じ区画の方たちが座っていました。

まずは自己紹介です。
私のベッドは下段で、対面の上下に入ったのはヘレナとリサという名の美しい女子学生でした。ドイツ系ベルギー人(ベルギー国内のドイツ語圏住人)で、ベルギーというお国がら英語もしゃべれるし、ロシアへの短期留学の経験があるのでロシア語もしゃべれるようです。行き先は、ロシア鉄道を気を効かせてくれたようで、私と同じイルクーツクです。ヘレナとリサのおかげで私のシベリア鉄道の旅は華やかなものになりました。
私の上のベッドにはロシア人のイワンさん。ロシア人にしては珍しく英語が達者です。未明の04時31分着ヤロスラブリまでの短区間の利用です。検札に来た車掌さん(珍しく英語がちょっと話せる)が「ここはインターナショナルだね」と笑っていました。
ロシア人は話好きと聞いていましたが、イワンさんも例外ではありません。ましてや同じ区画にロシア語が出来る異国の女性、おまけに得体の知れない東洋人のオッサンが入っていたのですから興味津々であれこれ質問してくるのです。すっかり深夜ですが、紅茶とお菓子をご馳走してくれました。話は尽きないのですが、深夜の出発なので適当なところでお開きになりました。

2016年2月17日 (水)

モスクワ・ヤロスラブリ駅

トラムを使った街歩きの途中でも、大した用も無く駅に立ち寄ってしまうのは鉄道ファンの悲しい癖です。

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私の立ち寄り先はモスクワ・ヤロスラブリ駅です。言うまでも無くシベリア鉄道の起点駅です。シベリア方面への長距離列車が頻発しています。

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ホームには起点を示すモニュメントが建っています。これと対となる終点のモニュメントがウラジオストクに有るのですが、それは後に紹介することにします。

モスクワ・ヤロスラブリ駅に限らず駅では警備の警官がウロウロしています。特にこのモニュメントの直ぐ隣に警官の詰め所があって、常に複数の警官の姿が見えます。警官の前では撮影が憚られるのはロシアではよくありますが、このモニュメントでは多くの方が記念写真を撮っているので、堂々と撮影出来ました。ついでに列車の写真も(笑)。

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モスクワ・ヤロスラブリ駅はシベリアへの長距離列車が発着するモスクワの主要駅のひとつで、駅舎は堂々としていますが、駅の賑わいは近距離列車が発着するお隣のモスクワ・レニングラード駅、駅の風格は中央アジアへの列車が発着し、ヨーロッパ風の鉄骨アーチの大屋根で覆われているモスクワ・カザン駅の方が上で、モスクワ・ヤロスラブリ駅は場末の雰囲気があります。

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街歩きの途中での立ち寄りですが、目的が2つありました。

1つはネット上で予約発券してもらったe-ticket(A4版のプリントアウトしたもの)を現物のきっぷに引換えてもらうことでした。モスクワ発ではe-ticketと身分証明書(私の場合はパスポート)の提示で大丈夫だとe-ticketに書いてありますが、やはり鉄道ファンとしてはロシア鉄道のきっぷが欲しいのです。チケット売場へ行くには警察のセキュリティーチェックを受けて駅舎に入り、このe-ticketで大丈夫だよ!と言っているような窓口のオバチャンからチケットを発券してもらいました。

もっとも、この苦労して手に入れたきっぷは乗車する際に、入り口であっさり回収されてしまいました(涙)。


もう1つは荷物の預けでした。
私が予約したのは2月10日00時35分発のハバロフク行44列車で、朝にホテルをチェックアウトしてから時間があります。旅行用の大きな荷物を預ける場所はないかな?と探したら、モスクワ・ヤロスラブリ駅の端の端にそれはありました。思い切り倉庫風の建物に小さな窓口が開いている風景に、日本の国鉄時代のチッキを思い出しました。1個190ルーブルの値段設定と「中身は何だ」というチェックは前列の人を見れば解るし、そのように対応したのですが、対応する係官がぎゃあぎゃあ言っている。ロシア語?でまくし立てるので何を言っているのかさっぱり解りません。英語は全く話せないみたい。こちらはロシア語は話せない。全く会話が進展しません。たまたま次に並んでいたロシア人?が英語とロシア語も話せたので、仲介していただきました。用件は午後11時を過ぎると日付が変わるので翌日分の料金がかかる、ということ。そんなこと、窓口の脇に掲示されている英語併記の看板で解るよ!、ってね。

東西冷戦時代に教育を受けた世代が英語を話せないのは理解出来ますが、場所がら外国人観光客の利用も多い場所では簡単なQ&Aのテキストぐらい用意しておけば良いのにと思いました。ロシアでは英語が通じないというのは、この件だけでなく、これから散々に悩まされることになります。何とか荷物を預けて街歩きを再開しました。

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さてシベリア鉄道の旅に出発しましょう。

2016年2月16日 (火)

モスクワのトラム乗り歩き(その4)

モスクワのトラム網を見ていると東北部のエリアが独立しています。もしかしたらモスクワの交通網から取り残されたエリア?あまりトラムが元気ではないエリア?と思って乗り歩きを躊躇したのですが、実際にはモスクワのトラムの最先端でした。

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モスクワの都心から地下鉄2号線に乗ってSokol駅へ行き、少し離れたMetro Sokol電停へ歩いて行くと、待っていたのは西欧のトラムで使われているようなスタイリッシュな低床車両でした。正面のエンブレムからポーランドのPesa社のようです。

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車内の様子はこちら。3車体3台車の構成で、西欧のトラム車両と似た色使いです。

このエリアの沿線には高層アパートが建ち並び、乗換駅にはショッピングセンターが入っていたりと、モスクワ郊外のベッドタウン、ニュータウンといった雰囲気です。夕方のラッシュ時ということもあって、乗車率はかなり良いです。低床車両では全てのドアから乗降できる信用乗車制になっているので、乗降はスムースです。

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古くからの車両もまだまだ使われています。モスクワメトロの他の路線で見られた丸型のタトラカー、角型のUKVZ社製、そして新型の低床車両でそれぞれ1/3ずつの割合で運行されているみたい。今後は低床車両の割合が増えていくでしょう。旧式のトラム車両ばかりだったモスクワトラムに新しい風が吹き込みはじめたです。先に紹介したUKVZ社の部分低床車とどちらがモスクワトラムの次世代を担うのか興味深いところです。

2016年2月15日 (月)

モスクワのトラム乗り歩き(その3)

モスクワのトラム乗り歩き、まずはヤロスラブリ駅前から都心方面へと向かってみます。乗客は地元の方ばかり。観光客風の外国人の姿は、トラム乗り歩きの際にはついに1度も見ませんでした。もちろん路線図を片手にキョロキョロしている鉄道マニアは私だけです。

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地元の足に特化しているトラムでは多くの人がチョイ乗りに使っています。モスクワのメトロが地下深く走っているのに対して、地表を走るトラムは乗り降りが楽です。

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系統ではメトロとトラムの連携が図られています。トラムの系統が地下鉄と交差する箇所では必ずMetro××という電停があり、お互いに乗換えが出来るのです。実際に多くの方が乗換えていました。↑↑こちらはA系統(何故かこの系統だけ数字ではなくアルファベットです)の起点であるMetro Chistye Prudy電停で小雪が降る電停で多くの乗客がトラムを待っていました。

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メトロの乗り歩きも兼ねていたので、メトロを使って他のエリアに移動しました。この画像はトラムの北部エリアで、いかにもソ連時代に建てられた古い高層アパートが建ち並ぶ、モスクワの住宅地でした。同じくメトロとの乗換電停で乗客の入れ替えがあり、乗客は2つ3つ先の電停、おそらく自宅の最寄りで降りて帰宅するのでしょう。

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もちろん私は自宅が無いので終点まで乗ります。モスクワのトラムは欧州のメトロと同じく、運転席は前だけ、終点ではぐるっと回るループ状の線路を走って反対方向へ進みます。このOstankino電停は11・17・25系統の始発電停ですが町外れで、ひっそりした佇まいで、乗務員さんの休憩場所になっていました。

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このOstankino電停で面白いものを見つけました。
ロシアでは、日本ほどではないですが、多くの自動販売機を見かけました。その中でも目立ったのは日本のダイドーさんの自動販売機でした。商品内容も日本とほぼ同じ。「ゆずれもん」、「さらっとしぼったオレンジ」、「葉の茶」といった商品が日本語表記そのままで100ルーブル(50円)で売られていました。ロシア人に受けるのかなぁ。缶のホットコーヒーだったら大丈夫かなぁ?、私の本来のトラム乗り歩きを休憩して見入ってしまいました。

2016年2月14日 (日)

モスクワのトラム乗り歩き(その2)

トラムの車両は主として2つのタイプが使われています。

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旧共産圏の標準車両、タトラカーT3型がモスクワでは現役でした。製造工場があったチェコ・プラハと同じく赤と白の塗りわけが標準のようです。

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黄色と赤の塗り分けもありました。日本の京阪特急色と似ています。

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モスクワのトラムの主力は角ばった車両でした。タトラカーより車体が長く、4扉仕様です。ベージュと白の塗り分けが標準のようです。この車両の出自は解らなかったので、鉄道系サイトで尋ねたら、ロシアのUKVZ社製であることがわかりました。正面をよく見ると確かにUKVZ社が付いていました。タトラカーともども単行が殆どですが、南西部の繁忙路線では2連で運用されていました。ベージュと白の塗り分けが標準のようです。

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青のラインを入れて、イメージチェンジした車両もありました。更新車なのかもしれません。

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数は少ないですが、同じくUKVZ社の部分低床車も走っていました。

2016年2月13日 (土)

モスクワのトラム乗り歩き(その1)

シベリア鉄道の旅と称していますが、シベリア鉄道はなかなか発車しません(笑)。モスクワでの乗り歩きを楽しみすぎたようです。モスクワではメトロだけでなくトラム(路面電車)も乗り歩きました。ロシア語ではトラムヴァーイと言うらしいですが、此処ではトラムと書きます。

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トラムは放射状に伸びるメトロ網の周辺部をカバーしています。メトロ以上に地元の足になっていて、観光客や私のような東洋人の姿は全く見られませんでした。まぁそれを気にしていたら海外でトラム乗り歩きは出来ません(笑)。

トラムの乗り歩きには路線図は是非とも欲しいところ。事前に知り合いから掲載されているサイトを紹介していただき、プリントアウトしておきました。それを見ると2012年現在で路線数は46、164kmの路線長です。この路線図を見ると、モスクワ北部から時計回りに南西部まで行けるみたい。多くの系統を乗り継いで実行してみました。

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モスクワのトラム乗り歩きのスタートは、シベリア鉄道の始発駅であるヤロスラブリ駅前の電停から。

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前乗り方式でチケットをタッチしてから、遊園地に有るような3本バーのゲートを回して抜ける方式です。これはトロリーバスも同じでした。どうやらこのゲートをくぐれる幼児は無料のようです。私は昨日買っておいた3日券をタッチして、トラム乗り歩きのスタートです。

2016年2月12日 (金)

モスクワメトロのリバイバル車両

モスクワメトロの古い車両は青緑色の車体に白のラインが入った無骨なもので、それがロシアらしいのです。観光を兼ねてメトロを乗り歩いていると、更に古い雰囲気の車両を見つけました。

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正面に掲げられた車両番号は1です。この車両が走る1号線は1935年の開業ですから80周年記念車両でしょうか。

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車内も木目調に改装され、照明器具もレトロ調のものに交換されています。日本ならこの種の車両の中には記念内容の展示物が掲載されていますが、モスクワでは路線図以外の計事物は見られなかったので、この車両にも何もありませんでした。

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オリジナルの車内はこんな感じです。随分と雰囲気が変わりましたね。

2016年2月11日 (木)

モスクワメトロの車両たち

モスクワのメトロでは豪華な駅の装飾に比べて、入ってくる車両が質素とか質実剛健という表現をそのまま具体化したようなもので、つり掛け駆動の音を豪快に響かせて発着しています。そのギャップが鉄道ファンにはとても面白いです。

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この車両は今まで他の都市でも見たことがあります。チェコ・プラハ、ハンガリー・ブダペスト、ポーランド・ワルシャワ、社会主義陣営の地下鉄標準車両です。

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モーターの音を響かせて駅に入ってきます。これだけ音が大きければ、、、という訳ではないでしょうけど、駅では列車が進入するアナウンスは一切ありません。ドアがバーンと開いて、ガンと閉まるという荒っぽさは、日本や西欧の車両に慣れた身には新鮮です。

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チェコのプラハではこれらの車両がリニューアルされて現役でした。車体の無骨さはそのままですが、車体の塗装と内装の色合いが更新されているので、ずいぶんイメージが変わっていますね。

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こちらはモスクワのメトロの車内です。質実剛健といういうか実用本位といいましょうか、かなり質素です。かなり古い車両ではありますが、モスクワメトロのメイン路線である1号線では思い切り現役でした。

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もちろん、モスクワのメトロでも新しい車両の導入も進んでいます。私が乗った線のうち、主要路線である環状線の5号線は2車体3台車の連接車が5ユニットの車両が、9号線では西欧製と思うような現代的な車両が使われています。

モスクワのメトロで面白いのは、全てのメトロ車両にWiFi機器が設置され無料で使用出来ことでした。2014年12月からのサービス開始で、日本より進んでいるかも。地下深く走るモスクワのメトロではとても有りがたいサービスです。車内では多くの方がスマホをいじっている様子は洋の東西を問わずですね。ただ初期設定画面がロシア語なので、私には使えませんでした。

2016年2月10日 (水)

モスクワのメトロ

モスクワの道路網はクレムリンを中心に複数の環状道路と放射状に伸びていく道路で形成されていて、メトロ網も同じように形成されています。路線網は12系統で路線長は325.4km、駅数は194とのこと。モスクワの都市規模ではメトロ網が発達するのは納得ですが、特徴的なのは駅ホームがとても深い場所にあること、駅が美術館のように装飾されているということでしょう。実際に乗ってみるとその雰囲気が大いに解りました。

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モスクワのメトロでは地上階からまず地下1階に降り、そこから一気に地下深いホームへ長いエスカレーターで下るという構造が多いです。日本でも深い地下駅はありますが、適当な長さで区切ります。でもモスクワではそれがない。それが地下深さをより一層演出しています。

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駅の装飾については、あちこちで見上げてしまいました。細かな装飾がすばらしいのは言うまでも無いですが、ホーム・階段・通路は全てアーチ状の天井で圧迫感が無いのはすばらしいです。日本でも見習ってもらいものです。

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このような豪華な駅になったのは、社会主義時代の国の威信の表現の場、地下深く造られたのは核戦争時にシェルターにするため、という話です。

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社会主義のPRという面では。主要駅には労働者を称える銅像が設置されています。駅の通路には鉄製の大きな扉が設置されています。核戦争時には閉じられるのでしょう。

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それはともかく、気づいたのは地下駅を照らし出す照明器具の多彩さでした。新しい路線では豪華な装飾は落ち着いていますが、照明器具はどの駅でも凝っています。

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各駅ごとに照明器具のデザインが違います。駅ですからホームの天井にズラッと並べられていますので見栄えがします。モスクワの地下鉄に乗ったら照明器具にも注目です。









2016年2月 9日 (火)

モスクワで迷子

モスクワの空港に定時に到着して、入国審査も無事に済み、アクセス特急で市内へ。ここまでは全く問題無しでしたが、それからが大変でした。

モスクワ、というよりロシアでは英語が通じないという、という事は事前に知っていました。現実にそうでした。まずはモスクワの地下鉄のチケットを買わなければなりません。1回券は自動販売機で買えますが、私が欲しいのはトラムとの共通3日券です。モスクワのメトロのサイトから料金表を探し出してプリントアウトし、赤ペンでチェックして差出し、なんとか売ってもらいました。

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受け取ったチケットがこちら。紙製のICカードです。これはヨーロッパではよくあるパターン。マークにもあるように、メトロ(地下鉄)、バス、トロリーバス、トラムに乗ることが出来ます。3日間(36時間)有効で、400ルーブル(この時のレートで800円)なり。アエロエクスプレスが470ルーブルでしたから、どちらが安いのか高いのか。このチケットを自動改札でタッチしてホームに向かいます。

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メトロは地下深くに走っているというのは本当でした。とても長いエスカレータでホームへ。路線図はガイドブックに付属していたので、それを使います。予約していたホテルまでは地下鉄で行くのですが、頭では解っているのですが、左右のホームに続々と入ってくる地下鉄のどちらに乗ったら良いのか解らないのです。ホームには英語の表記が一切無く、ロシアのキリル文字だけ。大きな荷物を背負い、路線図を片手にウロウロしていたら、綺麗なおば様が助けてくれました。感謝です。

ロシア人は無愛想だと言われることもありますが、決して不親切ではないというが体感出来た最初の1歩でした。

2016年2月 8日 (月)

アエロエクスプレス

アエロフロート航空SU263便はモスクワ・シェルメボチ空港へほぼ定刻に着きました。多くの乗客は、同じくアエロフロートを乗り継いでヨーロッパ各都市へと出発していきます。私はロシア国内への入国になりますので入国審査の窓口へ。こちらに並ぶ人は少ないです。殺風景なフロアに入国審査のブースが並んでいます。せっかくですから入国審査官が若い美人の列に並びました。ロシアの入国審査は厳しいとの噂がありましたが、ビザ(入国査証)を事前に取得していたので、審査官がモニター上であれこれ確認して入国カードを発行するだけで終わりました。その間に私は審査官の真面目な表情を拝顔していました。彼女に限らずロシアの若い女性は美人ばかりです。それが10年後20年後に「変身」してしまう方が多いのはロシアの不思議のひとつです。

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国際線到着ターミナルからアロエクスプレスの乗り場はえらく遠かった。乗り場への案内は英語表記があるので迷わなかったのですが、重い荷物を抱えて15分以上も歩かされたので、きっぷ売場に着いた時には汗だくになってしまいました。

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アロエクスプレスは空港→モスクワ市街地をノンストップで30分ほどで結んでいます。30分毎の運転は便利ではありますが、運賃が何と470ルーブルです。日本円にして約1000円の設定はかなり強気だと言ってよいでしょう。この後に購入したモスクワ市のメトロやトラム、バスの共通3日券は400ルーブルでした。

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アエロエクスプレスは30分毎の運転で、発車10分前から改札が始まります。それまでは改札口前で一休みです。この辺りにはフードコートが充実しています。ゲートが開いて自動改札を抜けます。

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空港らしい近代的なデザインのホームにアエロエクスプレスが待っていました。6両編成でBusiness Classs車両1両とStandard classの組合せです。私はもちろんStandard Classです。

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Standard Classの車内です。大柄な車両なので3+2のシート配置です。質素な内装ですが、赤い色合いが彩りを添えています。

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嬉しいことに車内ではフリーWiFiが用意されています。メールやSNSのチェックに重宝します。

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終点のモスクワ・ベラルースカヤ駅に止まっているアエロエクスプレス。良いデザインなのか評価が分かれますね。

2016年2月 7日 (日)

ロシアへはアエロフロート

シベリア鉄道の出発地モスクワへはアエロフロートを使いました。ロシアへは定番の航空会社ですね。

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成田空港で出発待ちの機材です。これで、これから汽車旅するシベリアを一気に飛び越えてモスクワまで行きます。シベリアは広いですね。ジェット機でもシベリアだけで5~6時間かかるのです。

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社会主義時代のアエロフロートはサービスの悪さで有名でしたが、今ではすっかり欧米の航空会社の仲間入り。機内食もエコノミークラスとしては質量ともに上等です。

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それでもアエロフロートには不満がある。

1つは機内でのアルコールの提供が無いこと。アルコール中毒対策で仕方ないのでしょうけど、愛飲家にはつらいです。

もう1つは、長時間のフライトになるので車内の映画などの視聴は格好の暇つぶしですが、日本語のコンテンツが無いのです。これは前回のポーランド旅行で懲りているので、家にあった音楽CDをスマホに取り込んで機内、その後のシベリア鉄道の車内で聴くことにしました。普段では音楽を聴く習慣が無い私が持っているCDは新しいものでも15年前のもので、全てが懐メロです(笑)。



2016年2月 6日 (土)

シベリア鉄道に乗りに行く準備

2016年2月上旬にシベリア鉄道に乗ってきました。

話の起こりは、私の職場(東京都内の飲食店です)の改装工事が2月上旬に行われ、その間は休業になる、ということでした。工事期間中に何日休みが貰えるかは昨年10月時点では解らなかったのですが、どうやら連続して1週間強は取れそうな雰囲気です。真っ先に思い浮かべたのはシベリア鉄道でした。乗り通すだけでも1週間、現地へのアクセスを含めると10日ほどの日程ですから、乗り鉄系鉄道ファンの憧れのシベリア鉄道に乗るにはこのチャンスを生かすしかありません。

工事の日程と休業期間が見えてきたのは年が明けてからで、事前にネットを使って仮想のスケジュールと仕入れていた情報を取りまとめ、大まかなスケジュールを決めたのは1月中旬でした。出発まであと1ヶ月を切っていましたが、あとは実際に各種のチケットを手配するだけです。

シベリア鉄道の旅行で一番面倒くさいのは、ロシアへの入国ビザ(査証)が必要だということでした。そしてビザの申請には全ての旅行行程を確定させて、バウチャー(旅行確認書)の提出が必要なのです。

ガイドブックとして購入した「地球の歩き方」には、このバウチャーやビザ申請に関して多くの頁をさいて解説しています。グローバル時代に何とも面倒くさいと思っていたら、やはり実際の運用はかなり弾力的と言いますか、ザル(笑)とでも言いましょうか、かなり簡易的に運用されていました。

今回のシベリア鉄道旅行ではモスクワ→ウラジオストクのコースを選びました。行きの成田→モスクワ、帰りのウラジオストク→成田のネット上で手配しました。これは今まで通り。航空券を手配すればホテルが割引で手配出来るという宣伝文句に引かれて、モスクワ2泊イルクーツク2泊ウラジオストク2泊を予約しました。これは今までの海外旅行と同じパターンです。

肝心のビザ申請は代行業者さんに依頼しました。最初は自分で申請しようかと思ったのですが、東京のロシア大使館ビザ担当窓口の業務時間が平日の午前のみという、別な意味でのハードルの高さで断念しました。私が依頼した代行業者では、サイト上で申請本人の基本的な情報(本名、パスポート番号、日程、宿泊予定地など)を記入すればOKとのこと。代行手数料(7500円ぐらい)を支払い、パスポートを送れば、2週間後にはビザが貼られたパスポートが戻ってきました。ロシアへの航空券は確保していたので、この時点でロシア出入国の手はずは整ったようですし、実際にそうなりました

問題は肝心のシベリア鉄道の手配です。シベリア鉄道の唯一のガイドブックは「地球の歩き方」で、ロシアの複雑な旅行システムに多くの頁をさいて説明していますが、今ひとつ要領を得ないのです。私は友人から紹介していただいたRussiantrainというサイトを使いました。このサイトは日本語に対応しているのです。これなら私でも手配出来ます。モスクワ→イルクーツク、イルクーツク→ウラジオストク、それぞれ約11,000円でした。数日後にメール添付でPDFが送られてきて、これをプリントアウトして駅の窓口で実際のチケットと引き換えます。

と言うわけで、私のシベリア鉄道旅行の準備の項目、現地への航空券とホテルの手配、ビザの申請、シベリア鉄道の乗車券が別々に行われました。全ての行程を確定させてからビザ申請という建前が形だけになっているのを垣間見ました。

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