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2015年6月の11件の記事

2015年6月30日 (火)

ワルシャワで警官に囲まれる

ワルシャワでの街歩きを中断してポーランドの古都クラクフへ列車で移動します。4時間ぐらいかかるので、私の旅の供はもちろんビールです。幸いなことにワルシャワ中央駅に直結した地下街にスーパーがあり、多くの品種が安く買えます。この点では先に訪ねたイタリアのミラノ中央駅周辺とは大違いです。適当に3品種を2本づつ購入してホームへ。

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発車まで時間が有ったで、ホームの端にあるベンチで休憩しつつ1本目をプシュ。異国の駅で飲むビールは美味しいなぁとのんきに飲んでいたのですが、1本目を飲み終える頃にホームを巡回している警察官に囲まれてしまいました。最初は異国からの旅行者を興味深くチェックしているのかと思ったのですが、表情が厳しいです。

警「英語は話せるか?」
私「少しだけ」
警「ここで酒を飲んでいけない!」
私「???」
警「知らなかったのか」

どうやらポーランドでは公共の場での飲酒は駄目みたい。パスポートと乗車券をチェックされ注意で済みました。ついでに聞いてみました。

私「車内では飲めるのか?」
警「駄目だ。ビールはカバンに入れてチャックを閉めるように」

車内でも駄目なのか、、、。
後日に有識者に聞いたら、ポーランドをはじめ旧ソ連をはじめ東欧諸国では、アルコール中毒対策で、飲酒に対する取締りが厳しいとのこと。そう思えばアエロフロートの機内でアルコールの提供がなかったのは合点がいきます。ドイツあたりとは事情が違うなーと思いつつ、郷に入れば郷に従え、との言葉通りで、私は車窓を眺めながらのビールを諦めました。

2015年6月29日 (月)

ワルシャワの鉄道博物館

ワルシャワ中央駅はヨーロッパの主要駅にしては珍しく地下駅で、中心地を東西に通り抜けられる構造になっています。現在の駅は1975年に完成し、それまでの行き止まり式の駅は廃止されました。その旧ワルシャワ駅が現在は鉄道博物館として使われています。旧駅とはいえ中央駅ですから、ワルシャワの中心地にあります。現在の中央駅のお隣Warszawa Ochota駅が最寄です。

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現役の線路を跨線橋で越えて、鉄道博物館へ到着です。壁には大きな写真が掲載されていますが、鉄道博物館の名前を掲げている横断幕が破れかけているのがご愛嬌です。

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私が訪ねた月曜日は入館無料の日でラッキーでした。社会科見学らしい小学生の団体さんが2組ほどいて賑やかです。まずは旧駅舎を使っている館内展示を見学します。模型や写真を展示しているのは、各国の鉄道博物館と同じです。日本ですとガラス越しやアクリルのケースに入れられているのが普通ですが、こちらはむき出しです。

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圧巻なのは屋外の展示車両です。旧駅のホームに数多くの車両が並べられています。花形なのは流線型のカバーが取り付けられた蒸気機関車で、このタイプの機関車で現在でも流線型の姿を保っているのは全ヨーロッパでこの1両だけだそうです。

という知識は帰国後に識者から教えていただきました。貴重な機関車が無造作に並べられています。

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無造作と言えば、並べられている貨車もそうです。保存されているので、その車両の歴史的価値があるのでしょうけど、説明がポーランド語?だけなのでさっぱり解りませんでした。



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屋外の展示なので錆が目立つ保存車両も多いです。

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少しづつですがレストアや再塗装の作業をしているようで、この日は初老のオッサンが作業をしていました。

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個人的に気になった場面を2枚紹介します。
こちらは旧駅のホームと駅舎です。倉庫風の建物で、旧駅の端にあるので、現役時代は荷物のやり取りに使われていたのかも。鉄道博物館の施設としては使われていないので、廃墟となりかつての線路は雑草に覆われています。

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もう1枚はナチス・ドイツの装甲車両です。
ナチス・ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まり、ポーランドは占領されました。その時代に線路を走ってポーランドに乗り入れたのがこれらの車両です。当時のポーランド国民はどのような思いでこの車両を見ていたのでしょうか?。鉄道博物館としてポーランドの近現代の歴史を展示する際に象徴的な車両です。








2015年6月28日 (日)

ワルシャワの通勤鉄道WKD

ワルシャワの鉄道網で異色なのが、通勤鉄道WKDです。1927年にイギリス資本で開業したという経歴をもち、共産主義時代に国有化されましたが、ポーランド鉄道とは電圧が違うため(WKDはDC650V、ポーランド鉄道はDC3000V)なので独立した組織WKDとして運行されています。

ワルシャワ中心地側のターミナルはWARSZAWA ŚRÓDMIEŚCIE WKD駅で、中央駅からちょっと離れた場所にあり、半地下のこじんまりとしたものです。

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共産主義時代の古い車両が活躍していると聞いていたのですが、待っていたのは現代の車両でした。トラムと同じく車両の世代交代が進んでいるようです。この車両は将来的にポーランド鉄道との乗り入れを目指しているようで、両方の電圧に対応出来るようになっています。

トラムと同じくPESA社製の新しい車両で拍子抜けですが、とりあえず乗ってみます。沿線に観光地が無いので乗客は、思いっきり地元の方だけでした。満席に立客が出ているので乗車率は良いみたい。全線乗ると1時間ほどかかるので、体験乗車として15分ほど揺られてOPACZ駅で下車します。この駅に興味がある訳でなく、このOPACZ駅がワルシャワ市内の1日乗車券の境界だったからです。

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住宅と畑が混じった環境に中にあるOPACZ駅で市内に戻る列車を待っていたら、お目当ての車両がやってきました。無骨と言う表現そのもののスタイルですね。こちらも乗車率が良く、私は立ちんぼでした。

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WARSZAWA ŚRÓDMIEŚCIE WKD駅に戻ってきました。WKDの新旧車両の並びです。交代のタイミングに訪問でき、両方に乗れたのはラッキーでした。


2015年6月27日 (土)

ワルシャワのトラム、何じゃこりゃ

ワルシャワのトラムを乗り歩いて見た変な車両を紹介しましょう。

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一見すると普通の旧型車両ですが、既にこの車両グループは営業運転から引退しているので、事業用として使われているみたい。よく見れば車体中央の屋根に架線とパンタグラフを点検するライトが増設されています。

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もう1枚。ワルシャワ中心地の交差点で撮影していたら、突然現れた変な車両?たち。クレーン付きの先頭車は旧型車両を改造した事業用車両でしょう。それに連なっているのはトラム車両の台車です。整備工場←→車庫への移動でしょうか。日中の営業時間中に堂々と中心地の線路を走らせているのです。日本では見たことが無い光景だけにびっくりしてしまいました。


2015年6月26日 (金)

ワルシャワのトラムの車両たち

ワルシャワのトラム網は広くて、多くの車両たちが活躍しています。

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これは主力車両の1つ、ポーランドKonstal社製の105Na型。1000番台の番号が付けられていたので、私は1000型と勝手に呼んでいました。車体の塗装は黄色と赤を使い、車体上半分と下半分で塗り分けるのが旧型で、

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車体の下部だけ赤色に塗ったのが新しい塗装のようです。

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多くの場合は2両編成で運用されています。車両番号が連番で組まれているので、固定編成になっているようです。2両目の運転台は殆ど使われていないようで埃をかぶっていましたし、運転台上部の空調機器も装備されていません。ただ乗客の少ない系統では1両の運用もありました。この1両で運行されている車両は車体前面に連結運転用の電気ケーブルを接続するプラグが残されています。

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乗降用のドアは車体右側に3箇所あり、最前部は乗務員用のドアで、此処からの乗り降りはかなり窮屈です。ドアの下部が明かり取りのガラスになっているのが原型のようで、上の画像の車両はワルシャワのトラムで見た車両達のなかでは一番古いスタイルを保っているようです。詳しく見ると2両目の車両のパンタグラフはシングルアームではなくて、菱形です。

多くの車両が活躍していたので、リニューアル車両が多く活躍しています。

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これは元の車両のイメージを残しているグループで、ドア周辺が主にリニューアルされています。

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こちらは後に投入された新しい車両群と似たようにリニューアルされた車両です。車体だけでなくモーターなどの電機品も新しいものに交換されています。窓周りにオリジナルの面影を残していますね。

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こちらは後に投入された新しい車両です。低床車両が登場した後の登場なのでワルシャワの車両群の中では少数派です。


ワルシャワでも低床車両の導入が進んでいます。

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こちらはKonstal社の116Naという全長24mの3車体の部分低床車です。

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この車両は30編成が製造されました。ヴィスラ川への下り坂を思い切り飛ばしているシーンが印象に残っています。

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現代のトラムの主流である全低床車は、もちろんワルシャワにも投入されています。Konstal社から同じくポーランドのPesa社に製造メーカーが変わり、2007年から120N型が投入されました。顔が怒っているのが特徴です。5車体3台車の構成です。

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こちらは2009年から投入された改良版で120Na型です。5車体3台車の構成は同じですが、パンタグラフの位置が変わり、表情がおだやかになりました。

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ワルシャワのトラムは右側通行でドアは右側だけ、運転台は進行方向だけ、日本の感覚ですとバスと同じですが、少数ですが前後に運転台が装備され、両側にドアが装備されている編成が走っています。これを120NaDUOと呼ばれています。

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これら低床車両の車内の画像はこちら。低床車両なので車輪のスペースが車内に大きく出ています。そこにシートを配置するのは他メーカーの低床車両と同じですが、このこのPesa社120シリーズでは線路に対して斜めに設置されているのが特徴的です。

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最後にPesa社から投入された最新鋭の車両を紹介しましょう。ネット上でも紹介されていない新しい車両ですが、11番まで番号が付けれれているので、これからも続々と投入されるでしょう。代わりに、この項の最初で紹介した古い車両達が引退することになります。

ワルシャワだけでなく、東欧諸国のトラムでは西欧諸国に遅れましたが、古い高床車両から低床車両への置換えが進行中です。新旧さまざまなトラム車両が走っているのが、東欧諸国の今で、トラム好きな方にはお勧めです。













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2015年6月25日 (木)

ワルシャワのトラム網

ワルシャワには多くのトラムが走っていて、その路線網は広大です。wikipediaによりますと路線距離は120kmあり系統数はは30、車両数は863両とのことです。ヨーロッパの都市ではトラムが走っていることが多いです。旧市街の道路が狭くて自家用車が乗り入れが難しいこともあるでしょう。特に旧共産圏ではその傾向が強いです。ドイツの東ベルリンチェコのプラハハンガリーのブダペスト などなど、共産主義の政策や自家用車が普及しなかった(あのトラバントが国民車だったという状況ですから)という事情もあるのでしょうけど、鉄道ファンとしてはトラムが元気に走っている様子を見ていると楽しくなります。

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さてワルシャワのトラムは30系統もありますので、都心では多くの系統が重複します。都心の道路の交差点はトラムの交差点でもあり、次から次へとトラムがやってくるのです。ワルシャワでは世界遺産の登録されている旧市街以外は道路幅も広いので交通渋滞もあまり無いように見えました。そこをトラムが快走しています。

2015年6月24日 (水)

ワルシャワでの私の食事事情

ワルシャワに着いて、あまり寄り道せずにホテルの最寄り駅に到着しました。機内食が出たとはいえ、小腹が空いています。寝る前に軽く食事、出来れば1杯やりたいところです。

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そんな私の目には入ったのは、地元の方が利用するスーパーでした。日本の感覚では惣菜やビールが売っていますから、もしかしたらポーランドでも・・、そう思って見物の冷やかし半分で店に入りました。

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この読みは当たりでした。ベーカリーのコーナーに行けば様々な種類のパンが並んでいました。ただ日本のように凝った惣菜パンは少なく、ふつーのパンの塊が並んでいました。

次いで本命のアルコール類のコーナーへ。ショーケースには様々なビールが並んでいます。店の規模で比較すると日本と同じぐらいですが、缶のデザインが多様なのが印象的でした。ただ営業時間中の補充はあまり行われないようで、私が訪ねた時間帯では棚の隙間が目立っていました。

そんな感じで缶ビールを数本(1本2.50ズロチほど)と、ドイツのプレッツェルに似た感じの塩味みたいなパンを買って、10ズロチ(日本円で400円ぐらい)のポーランドの初夜になりました。

2015年6月23日 (火)

ワルシャワのホテルは絶景

ポーランドへは先に書いたとおりアエロフロートを選びました。ロシア系の航空会社ですので、機内ではお酒が豊富に飲めると思いきや、エコノミークラスでは酒類の提供は無しでした。とても意外で、コストダウンか、、、とその時は思いました。

モスクワ経由でワルシャワに到着したのは現地時間の19時前。緯度の高いポーランドでは6月の日没は遅くて、サマー時間の19時ではまだ昼の明るさです。さすがに疲れたのでホテルを目指すことにしました。

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ワルシャワ空港から中心街へのアクセスには様々なルートがありますが、私はもちろん鉄道で向かいます。案内表示に従い空港駅へ。待っていたのは最新型の低床車両でした。ポーランド鉄道では共産圏時代の古い車両がいまだに活躍している聞いていたのですが、拍子抜けで、ちょっと残念です。

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ホテルの最寄駅はWarszawa Powiśle駅で、駅の階段を下りれば、そこは地元の若者が集うパブでした。私も1杯やりたいところでしたが、さすがに疲れていたので、まずはホテルを目指します。

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ホテルはワルシャワ市内を流れるヴィスワ川に面していました。ネット上で安さを理由に予約したのですが、6階の私の部屋は当たり!でした。ヴィスワ川を渡る列車が一望できるのです。という鉄ちゃん的な発想を抜きにしても、窓を開ければヴィスワ川から流れてくる爽やかな風がとても心地よい部屋でした。

背景の建物はワルシャワの国立競技場で、この日は主要なゲームが開催されていたようで、夜遅くまでライトアップされていました。

2015年6月22日 (月)

成田空港出発前

ポーランドへの航空会社は、アエロフロート航空を選びました。成田空港の出発は12時で、時差を加味してモスクワ空港着が16時10分。10時間10分のフライトです。日本からの欧州便は午前中に出発することが多いですが、アエロフロート航空は遅めのようです。

ガイドブックには出発2時間前のチェックインを推奨しています。かなり余裕が有ることは今までの経験で実証していますが、気分は盛り上がっているので東京都練馬区の自宅を出たのは6時頃で、いつも通りの西武電車と山手線に乗って日暮里に行けば、接続していたのは京成本線経由の特急電車です。東京の下町から千葉県をぐるっと回って行くから時間がかかりますが、これが一番安いのです。成田空港に近づくと客層は2つに分かれます。大きな旅行鞄やスーツケースを持って海外へと旅立つ方々と、普段着の成田空港で勤務する方々です。私の姿は微妙です。

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私の旅の供はいつもの通勤で使っているショルダーバッグです。バッグの小ささで旅慣れているを演出している訳ではなくて、私はスーツケースを持っていないから仕方なくこのバッグに詰込んで旅立つのです。このバックのおかげで帰国の際に一波乱ありました。

2015年6月21日 (日)

ポーランドへ

初夏に恒例にしてる海外遠征ですが、2015年はポーランドに行くことにしました。

何故にポーランド?、出発前によく聞かれました。

ここ数年、正月はヨーロッパ旅行に行くことにしています。旅先では大いに楽しみましたが、冬のヨーロッパの日の短さには閉口しました。朝の8時になっても薄暗いのですから。ですから今回の旅行ではヨーロッパでも高緯度の国々を選択肢にしました。ベースに考えていたのはロンドン、パリ、ベルリンといったヨーロッパの主要都市です。どれも北緯50度周辺で、日本エリアでは樺太の旧国境線です。

トラムを使って街歩きするというのが私のスタイルです。そこにトラムの車両がバラエティが富んでいればさらに良いのです。西ヨーロッパの諸都市では低床車両への置き換えが進み、車両のバラエティさが欲しいという趣味的な欲求にはいまひとつです。その点では2年前に訪ねたチェコ・プラハとハンガリー・ブダペストはとても面白かったです。どちらも広大なトラム網があり、共産主義時代の古い車両から、自由化後の車両が元気に走り回っているに加えて、西欧の流れをくむ低床車両が導入されているので、車両の種類の豊富さはとても面白かったです。

東欧へ行こう!。この基本方針は決まりました。さてそれでは東欧のどの国に行くか?です。チェコとハンガリーは行ったことがあるので今回はパス。ロシアやバルト三国なども検討しましたが、今回はポーランドへ決定!。首都ワルシャワや古都クラクフにはトラムが大いに活躍しているだけでなく、それぞれの旧市街が世界遺産に登録されていて観光的にも魅力的です。現地滞在3日間という私のスケジュールにも2都市訪問がちょうど良いようです。アエロフロート航空の安いプランが有ったのも最後の決め手になりました。

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画像はワルシャワ・ショパン空港へ着陸態勢に入るアエロフロート航空です。

2015年6月15日 (月)

プレストンエールの醸造者交代へ

プレストンエールの醸造長を永らく務めていた菊地さんが退職されました。菊地さんとプレストンエールはJapan Beer Timesで詳しく紹介されているので参照してください。

初めてお会いしたのは2004年7月25日で、まだ千葉ニュータウン店で醸造していた頃です。その頃の私は精力的にビール醸造所巡りをしていました。、ホームセンターにある醸造所って面白いなぁ、その程度の動機で訪ねたプレストンエールでしたが、飲んだビールはとても美味しくて、カウンターでビールを注いでいた菊地さんと話し込んでしまいました。もう10年前のことなのですね。

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これが菊地さんとのお付き合いの始まりです。それ以来、私が関わるビールのイベントには必ずプレストンエールの名前を出しました。そして菊地さんは私の無理な要望にも応えてくれました。 プレストンエールは菊地さんを基礎にさらに発展するでしょう。ただプレストンエールに菊地さんが居ないことをとても寂しく思うのです。

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