無料ブログはココログ

« トリエステへの汽車旅とビール | トップページ | トリエステの登山トラム(その2) »

2015年1月19日 (月)

トリエステの登山トラム(その1)

イタリア北部東端の街、トリエステを訪ねました。アドリア海の最も奥にあるトリエステは重要な港町で、その所領をめぐって歴史に翻弄されました。オーストリア・ハプスブルグ家の支配下になったり、第二次大戦後は帰属が不安定になったりと、歴史的には有名な街です。第二次大戦後に正式にイタリア領となったのは1954年まで待つことになります。現在でも周囲を旧ユーゴスラビアのスロベニアに囲まれていて、異国情緒ただよう国境の街として知られています。

463pxtranvia_triesteopicina_mappa
wikipedia「Trieste Tram」より

イタリア旅行の中でトリエステを訪ねたのは、私なりの理由があります。その理由とはトラム(路面電車)です。かつのてトリエステにはそれなりのトラム網がありましが、1970年代に殆どの路線がバスに転換されてしまいました。現在まで残っているのはトリエステ中心地のオベルダン広場Piazza Oberdanと郊外のオプチナ村Villa Opicinaの間の全長5.2km13駅の1路線だけです。軌間1000mmの小さな、最後の路線が、今ではトリエステの観光名所の1つであり、全世界の鉄道ファンの注目を集めているのです。

Img_1965

オベルダン広場Piazza Oberdanには駅舎風の建物があり、バールとタバッキが入居しています。イタリアの都市交通の例で、このタバッキで乗車券を購入します。トリエステのトラムとバス共通の1日券が4.35ユーロ。これで魅力的なトラムを乗り歩くことにします。

Img_1983

使われている車両は1935年頃に造れた古いタイプのトラム車両です。一見するとイタリアの田舎トラム(←失礼!)ですが、発車して数分のPiazza Scorcola電停へ着くと表情が一変します。

« トリエステへの汽車旅とビール | トップページ | トリエステの登山トラム(その2) »

イタリア鉄道旅行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: トリエステの登山トラム(その1):

« トリエステへの汽車旅とビール | トップページ | トリエステの登山トラム(その2) »

最近のトラックバック

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31