無料ブログはココログ

« 2014年9月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月の28件の記事

2015年1月29日 (木)

デュッセルドルフの奇人亭

日本への帰国便は20時の出発ですから、デュッセルドルフで夕食を兼ねて名物のアルトビールを飲み歩くことにしましょう。

Img_3096

アルトビールを飲ませてくれる店があるエリアには地下鉄Uバーンを使ったほうが便利なのですが、私はトラムを使います。適当に乗ったら、思い切りあさっての方向に連れて行かれたのであせりました。路線図を確認して、改めて飲食店街へ。

Img_3178

最寄の電停付近は、クルマの乗入が制限されているトランジットモールです。日本の感覚では歩行者天国にトラムが乗入れてくる感じです。車両は数タイプが活躍していますが全てのが低床車両でした。ミラノのような旧型のトラムは引退してしまったようで、マニアックにはちょっと残念です。

Img_3138

デュッセルドルフのアルトビールの店での定番はツム・ユーリゲでしょう。名前を訳すと奇人亭。何でも創業者がかなり変わり者で、この名前が付けられたとか。真偽はともかく建物のてっぺんには風見鶏ではなくて奇人が踊っています。もっとも創業者以上に奇人なのは、わざわざ日本からビールを飲み来た、この私でしょう(笑)。

Img_3145

Img_3197

店内の様子です。老舗の店らしく、落着いた雰囲気の内装です。アルトビールは木樽に詰められて、伝統的な細長いグラスに注がれます。1杯注文するとコースターに鉛筆で線が引かれて、伝票代わりになっているようです。

Img_3196

こちらがユーリゲのアルトビール。日本にも輸入されていますが、やはり現地で飲むのは別格です。色合いからモルト感が強めかと思っていましたが、意外にもフレッシュ感がある軽い味わいです。これだったら何杯もいけます、、、という訳でしっかり飲み過ぎて(笑)、日本への帰国便は熟睡でした。

2015年1月28日 (水)

ブッパータールのモノレール

ミラノ滞在を終えて、日本へと戻ります。予約した便はフランクフルト経由ではなくてデュッセルドルフ経由。しかも乗継時間が10時間以上あるので、ドイツ小旅行を楽しむことにします。

デュッセルドルフ空港から中央駅に出るのは簡単です。空港ターミナルの地下にあるSバーンで15分ぐらいです。このままデュッセルドルフの街歩きを楽しんでも良いのですが、ちょっと足を延ばしてSバーンで30分ぐらいの隣町ブッパータールWuppertalへ行ってきました。

Img_3004

ブッパータールのモノレールは、いわゆる懸垂式のそれで、日本では上野動物園や湘南モノレール、千葉都市モノレールなどに採用例がありますが、このブッパータールのモノレールは1901年開業と、とても年季の入ったクラシカルなものです。世界最古のモノレールと言われています。

Img_2877

線路はブッパータールを東西に流れているブッパー川の上に鉄骨を組上げて設置されています。線路の長さは13.3km、駅の数は20です。100年以上前に設置された線路は、今ではブッパータールの風景に溶け込んでいます。

Img_2844

懸垂式モノレールですから、駅を出ると足元には何もありません。慣れていないとスリルを感じます。

Img_3032

列車は5分ほどの感覚で運転されています。ドイツのあちこちで走っているトラムと同じ感覚で使われているようです。画像に見られるようにお姉さんがチョイ乗りで使っているようです。駅は改修されてエレベーターが設置されるなどバリアフリー対応になっていました。

Img_2835

鉄道マニアックに、モノレールの台車のアップ。
日本の懸垂式モノレールはゴムタイヤの車輪ですが、ブッパータールでは鉄の線路と車輪です。現在使われている車両は1970年代に製造されたものですが、改修されて丁寧に使われている印象を受けました。

2015年1月27日 (火)

トリエステからのビール

トリエステからミラノへ戻ります。

Img_2748

帰りもイタリア鉄道の特急列車です。

Img_2743

特急列車も良いけれど、出来れば普通列車にも乗ってみたかったです。

Img_2749

ミラノまで4時間ほどの汽車旅でしたので、1等車を奮発しました。

しかし、この特急列車がトリエステ中央駅に出発時間になっても入線して来ないのです。もちろん発車も遅れます。車内放送は小声でボソボソ言っているだけで、もともと私は全く解りませんが、他のお客さんの不安げな様子や、慌しく歩いている車掌さんの様子を見ていると何らかのトラブルがあったようです。結局は40分ほどの遅れでトリエステ中央駅を発車しました。やれやれです。

20150105_170730

ブツブツ言っても仕方ないです。
さてミラノまでの旅のお供はもちろんビールです。先の発言で、イタリア・ミラノのビール事情を嘆きましたが、トリエステはちょっと事情が違いました。駅の売店の高値(日本で言うレギュラー缶が2ユーロ以上)に嫌気をさして、トリエステ街歩き中で見つけたスーパーの棚をみたら、10種類以上の銘柄が並んでいました。しかもロング缶1本1ユーロぐらい。国境の街らしく、またオーストリアのハプスブルグ家の支配下になった歴史の街らしく、海外のビールが入り込んでいるようです。もちろんイタリアのビールも。

どれを買おうか迷ってしまいましたが、目に付いた銘柄を1本ずつ買って、車内の友にしました。

2015年1月25日 (日)

トリエステの登山トラム(その7)

トリエステの登山トラムは、ケーブル区間を終えても、さらに坂を上ってゆきます。アドリア海とトリエステを見下ろす山の斜面からの景色がなかなかよろしい。

Img_2493

線路と待合所しかないBanne電停で途中下車して撮影することに。

Img_2511

冬枯れの木立の中を、モーターの音を響かせてトラムが登ってきました。

Img_2514

斜面の段々畑を耕す農家でしょうか。小さな集落の脇をトラムが走っていきます。

Img_2619

冬の柔らかな日差しを浴びて、トラムが走り抜けていきます。

Img_2677

カメラ片手に1駅戻ったConconello電停です。ここで上下のトラムが交換します。

Img_2491

終点のVilla Opicina駅です。車庫もこちらにありトリエステの登山トラムでは最も規模の大きな施設で、駅舎にはバルも入居しています。トラムの発車待ち、地元の方のたまり場として、繁盛しているようでした。

20150105_140710

このバルで遅めの昼食をいただきました。思い切り地元の料理ですが、美味しくいただきました。

2015年1月24日 (土)

トリエステの登山トラム(その6)Vetta Scircila電停

トリエステの登山トラム、ケーブル区間の山上駅がVetta Scircila電停です。

Img_2038

Vetta Scircila電停は側線がある広々とした駅です。周囲に高級住宅地があるものの、住宅地からは階段を下りた隠されたような場所にあるので、人の気配は全くありません。

Img_2030

別な角度からもう1枚。銀河鉄道999のように空に向かっているレールは何だと思います?。さらに山上の区間から降りてきたトラムのブレー故障などで速度を落としきれなかった時に、止めるための線路なのです。ですからポイントは普段はこの急な上り坂の線路に開いています。トラムはポイントの手前で一旦停止し、ポイントが切り換ってからケーブル区間に進入してゆきます。

Img_2032

さて肝心のケーブル区間の見物に行こうと思っていたのですが、立入り禁止の標識が掲げられています。係員の姿が見られたので「ボンジョルーノ」と声をかければ見物させてもらえそうでしたが、イタリア語どころか英語もおぼつかない私では、、、進入を断念しました。

Img_2099

その代わり、と言っては何ですが、トラムの車内から撮影した画像を紹介します。線路の下にケーブル区間の制御、動力施設があり、ケーブルが巻き取られていく様子が見られます。

Img_2061

そんな様子を観察していたら、ケーブルが動き出し、下から搬器に押し上げられたトラムが姿を現しました。背景はアドリア海です。

2015年1月23日 (金)

トリエステの登山トラム(その5)

話が前後しますが、トリエステの登山トラムはケーブルカーのシステムを使っているので、途中に行き違いに場所があります。そこが撮影ポイントだということは事前の学習で知っていました。そこを是非とも訪ねてみたいと思います。

Img_2205

アクセスは先に紹介したRomagna電停からの方が便利です。線路脇の側道の様な形で歩道が続いています。急勾配なので階段ばかりですので、下りの方が楽です。

Img_2239

Romagna電停とS.Anastasio電停の中間地点に行き違いの場所がありました。高級アパートの駐車場と地域の広場に面しています。線路とは石垣と鉄柵に仕切られていますが、石垣にヨイショと登れば、かなり良いアングルでトリエステの登山トラムを撮影出来ます。

Img_2213

日中は20分毎の運転なので、次が来るまで少し待ちました。そしてケーブルの動く音が聞こえ始めたら、トラムがやってきました。

Img_2255

搬器の助けを受けてトラムが登り降りしています。世界的にも珍しいトリエステの名物です。Img_2210

角度を変えてもう1枚。トリエステの港町をバックに登っていくトラムの姿を見ることが出来ます。

Img_2296

行き違いの、坂下にあるS.Anastasia電停から望遠レンズで見るとこんな感じです。登山とラムは搬器に後押しされてゆっくりと、確実に急坂を上り下りしています。

2015年1月22日 (木)

トリエステの登山トラム(その4)Romagna電停

トリエステのトラムのケーブルカー区間の山上側はRomagna電停です。

Img_2124

Romagna電停で待っていたら、ケーブルが動き出し、トラムが急坂を押し上げられてきました。

Img_2189

延びきったパンタグラフの向こうにはアドリア海が広がっています。

Img_2141

押し上げていく搬器にはメンテナンスの係員が添乗してました。カメラを向けたらポーズを取ってくれました。

Img_2166

電停の脇には踏切があります。画像からも急勾配ぶりがわかるでしょう。

面白いのはケーブルカーが動いている時にはずっと踏切が下がっていることです。ケーブルカーのケーブルが動いているので、事故防止のためでしょう。

Img_2138

Romagna電停付近もトリエステの市街地を見下ろす南斜面の高台の住宅地が建ち並んでいます。若い人の足はクルマなのでしょう。トラムからはリタイヤした老紳士が慣れた足つきで線路を跨いで家路についていました。

2015年1月21日 (水)

トリエステの登山トラム(その3)S.Anastasio電停

トリエステのトラムのケーブルカー区間にいよいよ乗り入れました。

Img_2017

こちらは車内からの画像です。搬器tractorにゆっくり近づいてゆきます。

Img_2020

搬器に押されて、ぐいぐいと急坂を登ってゆきます。

Img_2279

このケーブルカー区間には中間駅が2つあります。山麓側のS.Anastasia電停で途中下車してみました。この電停で上ってくるトラムを撮影します。ケーブルカー区間は架線が省略されているので、トラムはパンタグラフを伸ばしきった姿で登ってきます。

Img_2285

ケーブルカー区間はトリエステの南斜面に敷かれています。日当たりの良い高級住宅街が並んでいて、トラムからは裕福そうな老夫婦が降りてきました。

Img_2291

トラムはさらに急坂を押し上げられて行きます。

Img_2305

トラムは次の駅Romagna駅へと押し上げられてゆきます。

2015年1月20日 (火)

トリエステの登山トラム(その2)

オベルダン広場Piazza Oberdanから数分の最初の電停、Piazza Scorcolaに着きました。

Img_2695_2

Piazza Scorcol電停は通りの角に余白みたいなスペースでした。隣の通りは郊外へのルートらしく、バスやバイクがアクセルをふかして走っていきます。

Img_2334

Piazza Scorcola電停に待っていたのは、何とも奇妙な塊でした。これがトリエステのトラムを世界に知らしめているモノなのです。トリエステのトラムは、平地を走るトラムをケーブルカーのシステムを使って急坂を強引に押し上げる、世界でも稀な運行をしています。このケーブルカーの区間は799メートル、高低差は160メートル、最も急な勾配は260パーミルとのこと。

Img_2413

トラムは押し上げるケーブルカーの搬器(wikipediaではtractorと記載されていました)の前に出ます。

Img_2343

搬器の前に出て、ゆっくりゆっくり搬器に近づきます。この間にポイントが切り換ります。ケーブルカーのシステムと鉄道のシステムのハイブリッドを使っているので、ポイントは複雑です。

Img_2344

ゆっくり後退して搬器と合体します。

Img_2317

再び搬器の画像。こちらは山上側です。

Img_2487

搬器と合体するトラム。当然ですが山下側です。

Img_2450

搬器とトラムの合体のシーン。急坂を押し上げるだけなので連結はしません。

Img_2423

準備が整って、トラムは発車してゆきました。

Img_2357

トラムは搬器に押し上げられて、ゆっくりと急坂を登ってゆきます。

続きを読む "トリエステの登山トラム(その2)" »

2015年1月19日 (月)

トリエステの登山トラム(その1)

イタリア北部東端の街、トリエステを訪ねました。アドリア海の最も奥にあるトリエステは重要な港町で、その所領をめぐって歴史に翻弄されました。オーストリア・ハプスブルグ家の支配下になったり、第二次大戦後は帰属が不安定になったりと、歴史的には有名な街です。第二次大戦後に正式にイタリア領となったのは1954年まで待つことになります。現在でも周囲を旧ユーゴスラビアのスロベニアに囲まれていて、異国情緒ただよう国境の街として知られています。

463pxtranvia_triesteopicina_mappa
wikipedia「Trieste Tram」より

イタリア旅行の中でトリエステを訪ねたのは、私なりの理由があります。その理由とはトラム(路面電車)です。かつのてトリエステにはそれなりのトラム網がありましが、1970年代に殆どの路線がバスに転換されてしまいました。現在まで残っているのはトリエステ中心地のオベルダン広場Piazza Oberdanと郊外のオプチナ村Villa Opicinaの間の全長5.2km13駅の1路線だけです。軌間1000mmの小さな、最後の路線が、今ではトリエステの観光名所の1つであり、全世界の鉄道ファンの注目を集めているのです。

Img_1965

オベルダン広場Piazza Oberdanには駅舎風の建物があり、バールとタバッキが入居しています。イタリアの都市交通の例で、このタバッキで乗車券を購入します。トリエステのトラムとバス共通の1日券が4.35ユーロ。これで魅力的なトラムを乗り歩くことにします。

Img_1983

使われている車両は1935年頃に造れた古いタイプのトラム車両です。一見するとイタリアの田舎トラム(←失礼!)ですが、発車して数分のPiazza Scorcola電停へ着くと表情が一変します。

2015年1月18日 (日)

トリエステへの汽車旅とビール

イタリア旅行の後半はイタリア北部最東端の街、トリエステへ。ミラノからは4時間の汽車旅になります。出発は17時ですから、発車してまもなく車窓は暗闇に包まれるはず。そんな場面で私がビール無しに居られるはずがありません。

日本での汽車旅では、ビールは駅の売店か駅近くのコンビニで調達することが多いです。イタリアでも駅に売店がありますが、この価格が強気でかつ品揃えが少ないのです。イタリア定番のモレッティ、ヨーロッパ標準のハイネケンぐらい。ツボルグが有れば良い方で、どれも350ml缶が2ユーロ以上の価格で販売されています。この当時のレートでは300円ぐらい。日本より高いです。

Img_1925_2


ミラノを散策している際に見つけた最安値は、ミラノ中央駅の東側、トラムのターミナルの脇にあるアジアンスーパーでした。上記画像から左側に視線を移すとその店はあります。

Img_1929

アジアンスーパーらしく、とても雑多な品揃えです。ビールは1缶1ユーロで、駅の売店の半額以下でした。

20150104_191114

低価格が嬉しくて、調子に乗っていっぱい買ってしまいました。トリエステへの特急列車の車内で記念撮影です。

2015年1月17日 (土)

ミラノは工事中

ミラノでは今年の2015年に万国博覧会が開催されます。そのためにミラノのあちこちでは絶賛工事中です。

Img_0247

有名なガレリアの入口も養生シートに覆われていました(T_T)。

Img_0551

ミラノも古い街ですから、あちこちに門があります。時にはその門をトラムがくぐることも。格好の撮影スポットですが、1系統の沿線にあるカヴール広場の近くにある門も修復のため養生シートに覆われていました。

P5022515

10年前の同じ門です。

Img_0724

こちらはサン・ロレンツォ聖堂近くにある門。門の修復のためでしょうか、この門をくぐる3番系統のトラムは運休中でした。

Img_0718

この門の都心側は、遺跡の円柱群の脇をトラムが走る有名な区間ですが、もちろん運休中でトラムは走ってきませんでした。

Img_1445

超特急列車で1時間のトリノでも工事中ばかり。列車が到着するトリノ駅も養生シートに覆われていました。

2015年1月16日 (金)

スペルガ聖堂への登山電車(その3)

スペルガ聖堂駅に、山麓のサッシ駅から登ってきた帰りの列車が入ってきました。

Img_1076_3

帰りの列車も、席が埋まって立ち客が出ていました。なかなか人気の路線のようです。帰りは電車に連結されているクラシカルな客車に乗ったのですが、車内が混雑気味だったので最後尾のデッキに立つことにしました。沿線の景色を眺めるには特等席です。

Img_1092_2

この登山電車には3つの中間駅があります。ただ何のアナウンスが無く通過してしまいますし、駅への通路は鎖錠されているので、現在は使用停止中なのでしょう。

Img_1101_2

路線の中間には交換設備がある駅があります。こちらも鎖錠されているので、乗り降りは無く通過しますが、日曜日に増発されるダイヤの時には、上下列車の交換が行われるので、交換駅としての機能は残されているようです。

Img_1109

山麓側の中間駅は住宅街に囲まれているので、かつては利用客があったのでしょう。こちらも通過します。

Img_1126

山麓のサッシ駅に戻ってきて、この登山電車の乗車はお仕舞いです。せっかくなので車庫の様子を見物してみまっした。画像の左に写っている小型の2軸単車は予備車両のようです。火曜日はメンテナンスのために電車は運休してバス代行になるので、画像右側のバスが使われるようです。

2015年1月15日 (木)

スペルガ聖堂への登山電車(その2)

スペルガ聖堂への路線は全長3.1kmで、高低差409mとのこと。それを18分かけて上り下りしています。

Img_1030

山頂のスペルガ聖堂駅に着いたら、列車は一休みして山麓のサッシ駅へ下ってゆきます。そのまま折り返しても良かったのですが、せっかくですからスペルガ聖堂を見学してゆきましょう。駅から遊歩道のような道を、他の乗客と一緒に上ってゆくと、聖堂が見えてきました。聖堂の近くに大きな駐車場があり、クルマで来る方の方が多いようです。

Img_1052

見学するだけなら無料で、この日はミサも行われていないので、自由に見学することが出来ました。カトリック教会らしく豪華な飾り付けがされています。

Img_1053_2

ミサの時に聖職者が立つ祭壇には、さすがに入れませんでしたが、見学や写真撮影はOKでした。冬は冷えるのでしょう、足元のファンヒーターがポイントです。

Img_1028

聖堂前の広場兼駐車場からはトリノの街並みが一望出来ます。ちょっと霞がかかっているのが残念でしたが、遠くの山並みとの組合せを見るだけでも、来た価値があります。

2015年1月14日 (水)

スペルガ聖堂への登山電車(その1)

トリノ郊外の山の上に建つスペルガ聖堂にはラック式の登山鉄道が通じています。この鉄道に乗ることが、トリノを訪ねた目的の一つだったりします。

Img_0937

山麓側の出発地のサッシ駅。こちらへはトラム15番系統で中心地の広場から30分ぐらい。イタリア北部を潤すポー川沿いを走る車窓の景色が良い路線です。トラムの電停からちょっと離れた場所にある登山鉄道の駅は、事務棟とレストランが入った駅舎、そして車庫が建ち並んでいて、しっかりした鉄道の拠点になっています。

Img_0939

駅頭には、この登山電車の要であるラックレールのシステムを説明したオブジェがありました。

Img_0942

駅で切符を購入します。料金は往復で7ユーロ、土日曜は9ユーロへ割増になる設定です。1時間間隔の運転で、日曜日には30分間隔に増発されます。私が訪ねたのは土曜日で、一番条件が悪い?日でした。

それでもトリノの観光地であるスペルガ聖堂へは多くの方が参拝に訪れるようで、改札口を先頭に長蛇の列が並びます。改札口は意外にも自動改札でした。

Img_0945

駅を観察しているうちに、登山電車が降りてきました。

Img_0970

全ての席が埋まって若干の立ち客が出るほどの乗車率です。これ幸いに最後尾のデッキに立って景色を眺めることにしましょう。

Img_1136

登山電車は2両編成です。電動車の山頂側にクラシカルな客車を増結しています。山頂側のスペルガ聖堂へは18分。モーターの音を響かせて上ってゆきます。










2015年1月13日 (火)

トリノのアーケード

トリノの街並みを歩いていると、アーケードは印象的な存在で、トリノの街並みの名物です。

Img_1358

延々と続くアーチは、トリノの街並みにより一層の重厚さを加えています。

Img_1373

旧市街に張り巡らされたアーケードがあるおかげで、天気が悪い日でも歩き回ることが出来るという実用性もあります。

Img_1399

時にはトラムがアーケードを横切って出てくるシーンを見ることが出来ます。建物から出てくるようで、ちょっと面白い光景ですね。

Img_1202

アーケードの中はこんな感じです。トリノ中心部では露店が出ています。

Img_1440

アーケードを横切るトラム。突然現れるので、びっくりしてしまいます。




2015年1月12日 (月)

トリノの街歩き

ミラノから高速列車で1時間。トリノへやってきました。

トリノという街は、高校の地理の授業で北イタリアの工業都市として習いましたし、近年には冬季オリンピックが開催されたので日本でも知名度はありますが、旅行ガイドブックには全く紹介されていません。「るるぶのイタリア」はもちろん、北イタリアを紹介している「地球の歩き方ミラノヴェネツィアと湖水地方」ではミラノは100頁近く紹介されているのに対して、トリノは全く無し。という訳でネット上で仕入れた情報をもとに街歩きをすることにしました。

Img_0903

街歩きには市内交通の1日乗車券は欠かせません。イタリアの諸都市と同じく街中のタバッキで購入します。タバッキとはタバコ屋さんと訳されますが、タバコだけでなく新聞や雑誌も販売している、日本で言うキオスクのような存在です。このタバッキが見つからなくてマゴマゴしていると、魅力的な旧式のトラムが走ってきて、出発していきました。興奮して朝から血圧上がってしまいます。

Img_0908_2

1日乗車券を持っている気楽さで、とりあえず来たトラムに乗りましたが、見事にあさっての方向に行ってしまい、少々あせりました(笑)。出発地のトリノ駅に戻って再出発です。トラムを使って街歩きをするなら、とりあえず旧市街の中心地カステッロ広場に行った方が良いみたい。駅から1kmぐらい。ぶらりと歩いていたら、最新の低床トラムに追い越されてしまいました。まだまだトリノのトラム網を使いこなせていません。

Img_1226

とりあえずの目的にしたカステッロ広場の真ん中に市立古典美術館があり、この建物をバックに撮影すると絵になります。



2015年1月11日 (日)

ミラノ中央駅からトリノへ

ミラノ滞在は3日間。中日には同じく北イタリアの都市であるトリノへ行ってきました。トリノへはイタリア鉄道自慢のFrecciarossaで1時間です。

Img_0868

発車は朝の8時。ミラノ中央駅を見物したかったので、7時頃にはミラノ中央駅に行きました。ホテルを出た時にはまだ薄暗く、ミラノ中央駅から漏れてくる灯りばかりがまばゆく感じられます。

Img_0872

ホテルの朝食の量が少なかったので、駅前のスタンドでカプチーノとサンドイッチで補給しました。ミラノ中央駅付近は治安が、、、とガイドブックには書かれていましたが、隣でおしゃべりしている派手な色のベストを着たオッサンは警察官でした。これなら安心です。

Img_0860_2

ミラノ中央駅は近年に大改装されて、コンコースには様々なショップが入居しています。一番はやっていたのはマクドナルドでした(笑)。

Img_0875

ヨーロッパでも最大級の規模を誇るミラノ中央駅は、主要駅らしく鉄骨アーチの大きな屋根で覆われています。この屋根に駅のアナウンスや鉄道の音がこだまして、実に良い雰囲気になっています。まるで映画の1シーンに自分が入っているような錯覚におちいります。

Img_0876

私が乗ったFrecciarossaはこちら。イタリアの高速列車ですから赤系の塗装に包まれています。

Img_0886

早め予約で、同じ値段で1等車を確保出来ました。残り●席ですとネット予約で煽られていたので混雑気味と想像していましたが、乗車率は画像の通りです。私は1人の予約だったので、シングルシートでした。新しい車両なので、全席に電源コンセントが装備されています。

Img_0889

2人以上のグループには向かい合わせの席が指定されるみたい。大き目の仕切り板が、コンパートメント形式の雰囲気を作り上げています。

Frecciarossaは北イタリアの平野を快走します。平野ゆえに車窓の変化は乏しくて退屈気味でした。私は新線区間を疾走する便を選びましたが、新線経由の1時間に対して2時間かかりますが駅や行きかう列車が見られる在来線経由の便を選んだほうが良かったのかもしれません。

2015年1月10日 (土)

ミラノの作業用車

トリノでは変な車両をみかけました。

1046_2

ミラノの街中で見た作業車。ベースはメルセデスベンツのウニモグですが、足元を見ると車輪が付いている軌陸車です。

1047_2

この車両が何に使われているのかは直ぐにわかりした。ミラノに限らずヨーロッパのトラムはスリップを抑えるために砂を撒くののですが、それを除去するための散水車でした。ミラノはトラムの規模が大きいですから、もっと面白い車両が走っているかも。

1044

いかにも改造車という面構えの電車がやってきました。

1045

古い2軸単車を改造したもののようです。何に使われているのでしょう?。車体内部に大きな器械が搭載されています。計測用の車両でしょうか。

1048

あちこち走り回っているので、こちらも散水車かもしれませんね。

2015年1月 9日 (金)

現代のミラノのトラム車両たち

先の記事ではミラノを走る旧型車両を紹介しましたが、こちらでは現代のミラノのトラム車両たちを紹介します。

Img_0085

イタリアのAnsaidoBreda車でのミラノのトラム車両たち。ヨーロッパの各都市で導入が進んでいるステップ無しの低床車両です。黄色がベースの車両は5車体25メートルの短尺バージョンです。

Img_1842

緑色の車両は7車体35メートルの長尺バージョンです。

P5022496

こちらの斬新なデザインはユーロトラムと呼ばれる車両群。ミラノへの登場が2000年と10年以上前というのが驚きです。

Img_0108

1番多く見られたのが角ばったスタイルの車両。イタリア公共機関共通のオレンジ色に塗られています。

Img_0150

この車両を更新修繕したタイプも見られました。塗装も斬新なものに変更されています。

Img_0178

やや古めの車両たちも元気にはしっています。オリジナルのオレンジ色からミラノの標準色である黄色と白の塗分けに変更されています。4600と大きく書かれているので4600型なのでしょう。

と、鉄ちゃん写真ばかりで、数少ない読者も辟易しているでしょうから、風景も映しこんだ画像も紹介しましょう。

Img_1927

ミラノ最大の建造物のひとつ、中央駅の西側はトラムの折返し場を兼ねた規模のある電停になっています。運良く低床車両が2本並びました。

Img_0260

ミラノの中心街は、いかにもヨーロッパという街並みに覆われていますが、中心街を外れると街路樹の下を走る専用軌道区間があります。此処では多くの系統が走っているので、様々なタイプのトラムが走ってきます。

Img_0457

REPUBBLICA電停付近の区間は特に雰囲気が良く、私は夢中でシャッターを押しました。先に紹介した旧型トラムもこの区間を走るので、合わせて撮影することが出来ます。

もしミラノを訪れる機会がありましたら、これまで紹介したトラムを使っての街歩きをお勧めします。



2015年1月 8日 (木)

ミラノを今でも走る旧型トラム

昨日の書込みで、もう引退しているだろうと悪い予想をしていた旧型トラムですが、実際には今でも現役でした。

1058

私が泊まった安ホテルの近くを走る1系統に古いトラムが走っていましたこの1系統はミラノの観光名所であるスカラ座の前を走るなど、1系統を名乗る由緒ある路線ですが、担当車庫の関係なのでしょう、この古いトラムだけが使われているようです。


1069

ミラノの中心地を走る旧型トラム。背景はミラノ名物のガッレリア。

1061

さすに郊外とを結ぶ乗客数の多い路線、特にドゥオーモ広場前の混雑する路線からは引退したみたい。主要路線を補完するような小規模な路線に使われているようです。重複する区間では最新版の低床トラムと一緒になって活躍しています。

1073

近代的なビルの前を走る旧型トラム。

古い型式ですが、走りはなかなか活発です。まだまだ若い者には負けないよ、モーターの音とともに健脚振りを発揮しています。いつまでも活躍して欲しいですね。


2015年1月 7日 (水)

14年前のミラノ

イタリアを訪ねたのは2回目で、前回は14年前の2001年05月でした。この時は「イタリア周遊8日の旅」という内容のパックツアーでした。初めての海外旅行で、添乗員さんが付いての旅行で、ローマ、ナポリ、ポンペイ、フィレンツェ、ベネチアといったイタリア中部~北部の主要な観光地を巡る旅行は、とても楽しいものでした。そして最後に訪ねたのはミラノです。買物に夢中の女性たちを横目に、私はトラムの乗り歩きに繰り出しました。

P5022477

この時見たのは、2001年にしてもかなりクラシカルな旧型トラムの行列でした。ピーターウィットカ-と呼ばれる1920年代に開発されたアメリカ製のトラムです。ミラノの古い街並みにモーターの音を響かせて続々とやって来る風景に衝撃を受けました。

P5032629

ミラノ最大級の建物である中央駅。その脇にあるトラムの停留所に並ぶ旧型トラムです。

P5022491

このように旧型トラムが走っていた2001年当時のミラノでも、後継の車両が活躍していた場面を目撃しましたし、ヨーロッパ各都市で流行になりつつあった最新鋭の低床車両も導入されつつあったので、そろそろ引退の時期だったのかもしれません。

1051

実際に引退が始まっていたのでしょう。初めてのミラノ訪問から10年後のサンフランシスコ、此処では市内を走る保存鉄道のようなF-Lineで古い車両が活躍しています、では幸運にもミラノから移籍したミラノの旧型トラムが活躍している姿を見ることが出来ました。と言うことはミラノではもう引退したのだろうと。残念ながらそれを確認することが、ミラノを訪問することの目的の1つでありました。

2015年1月 6日 (火)

宿の前は廃線跡

今回の宿は「危険地帯」のとある安宿です。敢えてその宿を選んだ理由の一つは、宿の前にトラムの路線が走っていることでした。

1037

三角の区画を取り囲むようにトラムの線路が敷かれています。ミラノの朝はトラムの走る音を目覚まし代わりにすることにしましょう。

しかし目覚ましは鳴りませんでした。おかしいなぁ??と思って様子をみていたら、この線路は今は使われていない廃線跡だったのです。

1040

廃線跡という言葉に鉄道ファンは異様な興味を示します。このエリアは廃線跡の宝庫でした。ミラノでは地下鉄の整備が進められていますから、このエリアの2号線と3号線が開業した際に廃線になったのでしょう。

ヨーロッパでは、今までの経験では、トラムの廃線の撤去は積極的ではなく、そのまま放置するするケースが多いようです。それでもこのエリアは大規模に残っていました。御丁寧に架線まで残っています。

1042_2

それでもよく見ると横断歩道の整備、側道の整備などで小規模には撤去されているようです。寸断されている線路をみると痛々しいです。

2015年1月 5日 (月)

ミラノの宿は危険地帯?

スイスのチューリヒに寄り道したので、本来の目的地であるイタリアのミラノには深夜の到着になってしまいました。宿は日本でネット予約しています。さすがに疲れたので宿に入って寝たいです。マルペンサ空港に着いて、ガイドブックに書いてある通りに中央駅へのバスに乗ります。運賃は10ユーロなり。1時間弱でミラノ中央駅に到着しました。これから宿に向かいます。

とあるガイドブックでは、ミラノ中央駅付近、とくに東側のエリアに関しては治安が良くない、と警告しています。夜の一人歩きは避けるべきと強調されていました。

私が予約していたホテルは、まさにこのエリアでした。そして私、まさに一人歩きなのです。

このような事前の情報で、バスを降りてもビビッていました。ホテルを探してウロウロしました。ミラノ中央駅に面した大規模ホテルの影になっているエリアです。確かに出稼ぎ?のアフリカ系アジア系の方が多い場所でした。ミラノに限らずその地の異民族が集まるエリアの治安は???、それは東京でも同じです。

でも私はアジア系です(笑)。どうやらこの地に住む人と思われたようで、怪しい方々は寄ってきませんでした。1月1日の深夜でも営業しているスーパーに入ったら、アフリカ系の人たちがたむろしていました。仲間だと思われたのでしょうか、危険な雰囲気を感じることなく、買物を済ませました。


注意!
ミラノの街中でも、やはり雰囲気が良くない地域ではあります。海外旅行に慣れていない方、女性の方は避けた方が良いエリアです。

2015年1月 4日 (日)

チューリヒ市街地へ寄り道

チューリヒ空港から中央駅までは10分ほど。

1026

スイスを代表する駅で、ヨーロッパの主要駅らしく大きな鉄骨屋根に覆われています。

1019

中央駅前のトラムの電停です。多くのトラムが発着しています。

1023

中央駅近くのショッピング街。トラムが続々とやってきます。

1022

雪が降った後の曇り空で、底冷えがする寒さでした。

1021

このような天候でもロードスターに乗る方がいる。もちろん屋根はクローズですが、夏のスイスをロードスターで走り回ったらとても気持ち良いでしょうね。

2015年1月 3日 (土)

チューリヒ空港から市街地へ

イタリア鉄道旅行ですが、寄り道のスイスのチューリヒを訪ねました。

1017

チューリヒ空港はスイスのハブ空港で施設は広大ですが、空港ターミナルの直下に鉄道駅があるので、市街地へのアクセスはとても便利です。

1018

列車に乗る前にチケットを買いましょう。ホームへの通路には自動券売機が並んでいたので、こちらで購入します。スイスの通貨はユーロではなくスイスフランです。今回は立寄りだけだったのでスイスフランを用意していなかったのですが、この券売機はユーロが使えました!。これ幸いにユーロで支払ったら、つり銭はスイスフランでした。


2015年1月 2日 (金)

4発機に縁がある

今回の遠征はイタリアのミラノ。日本からの直行便もありますが、選んだのはスイスのチューリヒでの乗継でした。乗継時間が有るのでチューリヒの街歩きも楽しもうという欲張りなスケジュールです。

20150101_091504

チューリヒまではスイス航空が運航する便に乗ります。私は飛行機に興味が無いので詳しくは無いのですが、エンジンが4機付いている4発機というのは解ります。4発機といえばボーイング747ですが、今回はエアバス社の機材でした。

日本の航空会社では4発機は嫌われてたようで殆ど引退しましたが、欧米の航空会社では現役です。機材の使い方に違いがあるみたいですね。

20150101_221000

私は航空会社に拘っていないので、あまり気にしていないのですが、スイス・チューリヒからイタリア・ミラノへの欧州ローカル便も4発機でした。高翼機の4発機は初めて見ました。アブロRJ100というイギリス製の機材とのことです。

2015年1月 1日 (木)

謹賀新年2015

あけましておめでとうございます。
2014年の秋から更新が滞っていましたが、実際には9月中旬から私の旅行はオフモードになり、自宅(東京都練馬区)と職場(東京都墨田区)を往復する毎日になり、この間に東京都を出たのは、さいたまスーパーアリーナで行われたビールのイベント「けやきひろば秋のビール祭り」を訪ねたぐらいで、我ながら極端ではありました。

その反動で、2015年の正月旅行はイタリアを目指しました。このブログでも順次アップしていきます。

« 2014年9月 | トップページ | 2015年2月 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30